『維新史』 維新史 5 p.243

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世良修藏, 即ち慶邦は一篇の建白書を草し、姑く官軍の東征を止め、公明正大の論を盡し, て慶喜等の處分を決せられ度しと論じ、若し猥りに干戈を動かされんか、必ず, て、狐疑透巡して容易に其の態度を決し得なかつたが、徳川慶喜及び會津藩の, 悲境を坐視するに忍びず、朝廷に歎願して之が救解を圖らんとするに至つた。, や四海鼎沸して内憂外患交〻至るべしと述べた。慶邦は二月十一日重臣大條, 醐忠敬を參謀に、夫々任命せられ、尋いで薩州藩士大山格之助, を上京せしめて朝廷に上らんとしたが、是亦失敗に歸したのである。, 仙臺藩主伊達慶邦・米澤藩主上杉齊憲等は、大政奉還以來の政局の推移を見, 既にして奧羽鎭撫總督九條道孝は、副總督澤爲量・參謀大山格之助・同世良修, が爲に、二月二十六日左大臣九條道孝を奧羽鎭撫總督に、澤爲量を副總督に、醍, 得なかつた。上杉齊憲も亦慶邦と略〻同樣の趣旨の建白書を草し、重臣堀尾保, をして、此の建白書を携へて上京せしめたが、遂に其の目的を達成し, 孫三郎, を參謀の列に加へられた。, 藏等と共に、薩州・長州・筑前・仙臺等諸藩兵を隨へ、三月二日京都を發して、海路東, 助, 及び長州藩士, 興, 徳, 砥, 綱, 重, 道, 徳, 良, 仙臺藩米, 澤藩の熊, 奧羽鎭撫, 總督の進, 度, 發, 第十九編戊辰の役, 二四四

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  • 仙臺藩米
  • 澤藩の熊
  • 奧羽鎭撫
  • 總督の進

  • 第十九編戊辰の役

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  • 二四四

注記 (34)

  • 1514,550,60,263世良修藏
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  • 1626,548,64,1827醐忠敬を參謀に、夫々任命せられ、尋いで薩州藩士大山格之助
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