『維新史』 維新史 5 p.276

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は曩に京都所司, 處に横行し、前桑名藩主松平定敬も亦其の領地たる柏崎に據つて策動し、物情, の局面の進展を快しとせず、殊に徳川慶喜の追討及び會津・庄内二藩征討の事, 後遂に奧羽列藩と共に順逆を誤つて、官軍に抗するに至つたのである。而し, の慫慂を受けしを以て、五月六日新發田・村上・村松・三日市・黒川五藩の重臣は新, に討つて奔らせ、茲に擧藩勤王の態度を決するに至つたのである。, に就いては慊焉たらざるを得なかつた。隨つて舊幕府〓下〓走の徒は猶隨, 然れども其の他の北越諸藩は〓ね徳川家門又は譜代なれば、王政復古以來, て此の北越聯盟をして更に強力ならしめたのは長岡藩の加盟であつた。, 總督府に提出した。仍つて總督府は各藩重臣を召したが、彼等は之に應ぜず、, 騷然たるものがあつた。會〻奧羽列藩同盟が成立するや、米澤藩より同盟加入, 發田に會して協議の結果、是に贊成し、且つ會津藩救解の歎願書を北陸道鎭撫, 抑長岡藩は北越樞要の地を占め、且つ前藩主牧野忠恭, 代及び老中を歴任し、幕府との關係特に密接にして、又京都の事情にも比較的, れて藩領を過ぎらんとするや、勤王派の統領川上直本等は起つて之を川浦村, 備前, 中頸, 城郡, 守, 北越諸藩, の態度, 向背, 長岡藩の, 第三章東北の戰爭第三節越後口・秋田口の戰, 二七七

割注

  • 備前
  • 中頸
  • 城郡

頭注

  • 北越諸藩
  • の態度
  • 向背
  • 長岡藩の

  • 第三章東北の戰爭第三節越後口・秋田口の戰

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  • 二七七

注記 (25)

  • 466,2400,59,470は曩に京都所司
  • 1263,540,63,2333處に横行し、前桑名藩主松平定敬も亦其の領地たる柏崎に據つて策動し、物情
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  • 691,535,62,2334後遂に奧羽列藩と共に順逆を誤つて、官軍に抗するに至つたのである。而し
  • 1035,542,61,2331の慫慂を受けしを以て、五月六日新發田・村上・村松・三日市・黒川五藩の重臣は新
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  • 1605,613,62,2252然れども其の他の北越諸藩は〓ね徳川家門又は譜代なれば、王政復古以來
  • 579,543,59,2210て此の北越聯盟をして更に強力ならしめたのは長岡藩の加盟であつた。
  • 804,543,62,2344總督府に提出した。仍つて總督府は各藩重臣を召したが、彼等は之に應ぜず、
  • 1151,540,63,2332騷然たるものがあつた。會〻奧羽列藩同盟が成立するや、米澤藩より同盟加入
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  • 1838,542,61,2327れて藩領を過ぎらんとするや、勤王派の統領川上直本等は起つて之を川浦村
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