『維新史』 維新史 5 p.296

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

を濡したと云ふ。, 依之從來之諸兵器悉皆奉差上速ニ開城、官軍御陣門ヘ降伏奉謝罪候。此上, 監中村半次郎等は諸藩の兵を率ゐて、大手門外の式場に臨んだ。稍〻あつて容, 元來無知無罪之儀ニ御座候得ハ、一統之御赦免被仰出候樣、代而奉歎訴候。, 内藤介右衞門, 保・喜徳父子は麻上下・無刀の姿にて城を出で、式場に歩を運び、自ら謝罪状を上, とて、寛典に處せられんことを歎願したものであつた。更に重臣萱野權兵衞, つて之を作つたが、針持つ婦女の手は斷腸の思に震へ、熱〓は滂沱として白布, 梶原平馬・原田對馬・山川大藏等は、連署の歎願書を官軍に上, 臣父子並家來之死生、偏ニ奉仰天朝之聖斷。但國民ト婦女子共ニ至候テハ、, 萬一モ王政御復古出格之御憐愍ヲ以、至仁之御寛典於被仰付者、冥加之至難, 有奉存候。, 九月二十二日、若松城開城の當日、降伏の白旗は大手門に樹てられ、官軍の軍, つた。謝罪状は先づ鳥羽・伏見の戰以來永く官軍に抗した罪を謝し、更に、, 悉く繃帶に使用せられて、白旗となすべきものなく、已むなく白布の斷片を綴, 有奉存候。(鎭將府日誌), (鎭將府日誌), 修, 節, 長, 信, 開城, 第三章東北の戰爭第四節會津藩の歸順と東北諸藩の處分, 二九七

割注

頭注

  • 開城

  • 第三章東北の戰爭第四節會津藩の歸順と東北諸藩の處分

ノンブル

  • 二九七

注記 (24)

  • 1603,519,60,490を濡したと云ふ。
  • 811,597,71,2247依之從來之諸兵器悉皆奉差上速ニ開城、官軍御陣門ヘ降伏奉謝罪候。此上
  • 1378,519,71,2325監中村半次郎等は諸藩の兵を率ゐて、大手門外の式場に臨んだ。稍〻あつて容
  • 922,598,72,2197元來無知無罪之儀ニ御座候得ハ、一統之御赦免被仰出候樣、代而奉歎訴候。
  • 344,593,58,410内藤介右衞門
  • 1262,518,72,2324保・喜徳父子は麻上下・無刀の姿にて城を出で、式場に歩を運び、自ら謝罪状を上
  • 465,534,71,2313とて、寛典に處せられんことを歎願したものであつた。更に重臣萱野權兵衞
  • 1720,521,74,2314つて之を作つたが、針持つ婦女の手は斷腸の思に震へ、熱〓は滂沱として白布
  • 348,1101,66,1746梶原平馬・原田對馬・山川大藏等は、連署の歎願書を官軍に上
  • 1035,594,72,2262臣父子並家來之死生、偏ニ奉仰天朝之聖斷。但國民ト婦女子共ニ至候テハ、
  • 696,594,72,2253萬一モ王政御復古出格之御憐愍ヲ以、至仁之御寛典於被仰付者、冥加之至難
  • 578,590,58,285有奉存候。
  • 1492,594,71,2244九月二十二日、若松城開城の當日、降伏の白旗は大手門に樹てられ、官軍の軍
  • 1149,528,72,2190つた。謝罪状は先づ鳥羽・伏見の戰以來永く官軍に抗した罪を謝し、更に、
  • 1835,517,77,2314悉く繃帶に使用せられて、白旗となすべきものなく、已むなく白布の斷片を綴
  • 581,607,63,2167有奉存候。(鎭將府日誌)
  • 593,2461,51,319(鎭將府日誌)
  • 327,529,43,37
  • 336,1024,39,42
  • 372,526,40,42
  • 379,1025,38,38
  • 1506,272,43,173開城
  • 245,673,54,1472第三章東北の戰爭第四節會津藩の歸順と東北諸藩の處分
  • 258,2362,42,118二九七

類似アイテム