『維新史』 維新史 4 p.399

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述べた。然し議は決するに至らなかつたのである。, の御趣旨を書き記し、心覺の爲之を將軍及び徳川茂徳等に拜見せしめた上、直ち, 宮中を退出して後將軍は二條城に入り、茲に長州藩の處分に就いての評定が, ければならない。長州藩主父子の命を助け、蟄居を命じ、周防一國を削るべしと, 雄藩に於いては、長州藩主父子の命を助け、領國の半ば或は三分の一を削るべし, て發砲した其の罪は極めて重く、當然死罪・削地に處すべきである。併し昨今諸, く、軍裝して馬に跨り、颯爽として進發した。翌日伏見より川船に搭じて淀川を, と述べる者が多い。幕府が嚴罰を以て臨むには、先づ諸雄藩の嚮背を考慮しな, 行はれた。老中等は最も強硬な意見を述べ、長州藩主父子を死罪に處し、領地を, 削減して其の家名のみを立つべしと述べた。松平容保は、長州藩が禁闕に對し, 京の語を滯坂と改める事とした。斯くて關白は、將軍の參内に際し、上掲の勅語, に之を返上せしめたのである。將軍は勅語の趣を謹んで御受し、二十三日卯刻, 二十四日將軍は二條城を發して大坂に向つた。此の日江戸出發の時と同じ, に至つて退出した。, 過, 午前六, 〓過, 評定, 將軍大坂, 城に入る, 二條城の, 第一章將軍の進發第二節將軍の上坂, 三九九

割注

  • 午前六
  • 〓過

頭注

  • 評定
  • 將軍大坂
  • 城に入る
  • 二條城の

  • 第一章將軍の進發第二節將軍の上坂

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  • 三九九

注記 (23)

  • 596,564,57,1495述べた。然し議は決するに至らなかつたのである。
  • 1761,576,60,2275の御趣旨を書き記し、心覺の爲之を將軍及び徳川茂徳等に拜見せしめた上、直ち
  • 1405,633,61,2221宮中を退出して後將軍は二條城に入り、茲に長州藩の處分に就いての評定が
  • 714,562,59,2291ければならない。長州藩主父子の命を助け、蟄居を命じ、周防一國を削るべしと
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  • 1062,565,60,2289て發砲した其の罪は極めて重く、當然死罪・削地に處すべきである。併し昨今諸
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