Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
も亦、入京したのであつた。, 自己の憤〓を述べてゐる。, 旨を貫徹すべしと建白兩度に及んだ。斯くして長州處分は、諸藩間の紛糾の素, 因となり、諸藩の議論も亦區々として定らなかつた。幕府は近く鍋島齊正が上, 稱して登城せず、同日尾州藩附家老成瀬正肥, 既にして六月五日藝州藩世子淺野茂勳, 提出せんとしたが、板倉閣老は之を抑へ、將軍に〓見し親しく之を致すべきを告, 老は代つて先の書を受け、將軍に之を呈した。其の大要は、衆議所を設けて、内外, げた。依つて二十九日正肥は再び登城したが、將軍は故あつて引見せず、板倉閣, 出さしめんとすることは不可なり、幕府は自ら反省して寛大なる處置に出で、朝, 京するを以て暫く其の決定を遷延した。六月二十七日齊正は上京したが、病と, ず、七日書を幕府に致して、速かに寛大の處分を行はるべし、又歎願書を長州より, に於かせられては、幕府に委任せられた長州處分の權限を解除せられたいとて、, は上京したが、病と稱して登城せ, の諸務を普く各藩に諮詢し、輿論によつて決行あるべし。又長州處分は客歳征, 翌二十八日正肥は登城して老中板倉勝靜に見え、前尾州藩主徳川慶勝の書を, 紀伊, 隼人, 守, 正, 成瀬正肥, 上京, 建言, 淺野茂勳, 尾州藩の, 上京, 第十六編王政復古の氣運, 六五四
割注
- 紀伊
- 隼人
- 守
- 正
頭注
- 成瀬正肥
- 上京
- 建言
- 淺野茂勳
- 尾州藩の
柱
- 第十六編王政復古の氣運
ノンブル
- 六五四
注記 (28)
- 781,1978,52,734も亦、入京したのであつた。
- 1606,570,55,735自己の憤〓を述べてゐる。
- 1133,564,58,2285旨を貫徹すべしと建白兩度に及んだ。斯くして長州處分は、諸藩間の紛糾の素
- 1015,566,58,2281因となり、諸藩の議論も亦區々として定らなかつた。幕府は近く鍋島齊正が上
- 779,570,58,1265稱して登城せず、同日尾州藩附家老成瀬正肥
- 1486,636,56,1132既にして六月五日藝州藩世子淺野茂勳
- 541,562,58,2286提出せんとしたが、板倉閣老は之を抑へ、將軍に〓見し親しく之を致すべきを告
- 305,566,62,2280老は代つて先の書を受け、將軍に之を呈した。其の大要は、衆議所を設けて、内外
- 424,572,60,2273げた。依つて二十九日正肥は再び登城したが、將軍は故あつて引見せず、板倉閣
- 1250,569,57,2275出さしめんとすることは不可なり、幕府は自ら反省して寛大なる處置に出で、朝
- 900,569,56,2278京するを以て暫く其の決定を遷延した。六月二十七日齊正は上京したが、病と
- 1367,564,58,2282ず、七日書を幕府に致して、速かに寛大の處分を行はるべし、又歎願書を長州より
- 1723,570,57,2294に於かせられては、幕府に委任せられた長州處分の權限を解除せられたいとて、
- 1486,1923,56,918は上京したが、病と稱して登城せ
- 186,583,64,2262の諸務を普く各藩に諮詢し、輿論によつて決行あるべし。又長州處分は客歳征
- 658,636,58,2209翌二十八日正肥は登城して老中板倉勝靜に見え、前尾州藩主徳川慶勝の書を
- 1515,1800,41,74紀伊
- 809,1869,42,77隼人
- 1474,1802,39,34守
- 764,1870,41,34正
- 666,306,43,163成瀬正肥
- 622,307,41,78上京
- 282,307,38,80建言
- 1494,302,45,167淺野茂勳
- 326,308,41,159尾州藩の
- 1457,306,36,78上京
- 1841,688,44,634第十六編王政復古の氣運
- 1844,2329,39,117六五四







