『維新史』 維新史 4 p.654

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も亦、入京したのであつた。, 自己の憤〓を述べてゐる。, 旨を貫徹すべしと建白兩度に及んだ。斯くして長州處分は、諸藩間の紛糾の素, 因となり、諸藩の議論も亦區々として定らなかつた。幕府は近く鍋島齊正が上, 稱して登城せず、同日尾州藩附家老成瀬正肥, 既にして六月五日藝州藩世子淺野茂勳, 提出せんとしたが、板倉閣老は之を抑へ、將軍に〓見し親しく之を致すべきを告, 老は代つて先の書を受け、將軍に之を呈した。其の大要は、衆議所を設けて、内外, げた。依つて二十九日正肥は再び登城したが、將軍は故あつて引見せず、板倉閣, 出さしめんとすることは不可なり、幕府は自ら反省して寛大なる處置に出で、朝, 京するを以て暫く其の決定を遷延した。六月二十七日齊正は上京したが、病と, ず、七日書を幕府に致して、速かに寛大の處分を行はるべし、又歎願書を長州より, に於かせられては、幕府に委任せられた長州處分の權限を解除せられたいとて、, は上京したが、病と稱して登城せ, の諸務を普く各藩に諮詢し、輿論によつて決行あるべし。又長州處分は客歳征, 翌二十八日正肥は登城して老中板倉勝靜に見え、前尾州藩主徳川慶勝の書を, 紀伊, 隼人, 守, 正, 成瀬正肥, 上京, 建言, 淺野茂勳, 尾州藩の, 上京, 第十六編王政復古の氣運, 六五四

割注

  • 紀伊
  • 隼人

頭注

  • 成瀬正肥
  • 上京
  • 建言
  • 淺野茂勳
  • 尾州藩の

  • 第十六編王政復古の氣運

ノンブル

  • 六五四

注記 (28)

  • 781,1978,52,734も亦、入京したのであつた。
  • 1606,570,55,735自己の憤〓を述べてゐる。
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