『維新史』 維新史 5 p.345

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

專ら學徳を磨かせ給うたのである。, 家の安寧を祈らせ給うた際の如きは、御父天皇が勅使の歸京する迄、八日間毎, 六月御父孝明天皇が外患を御軫念あらせられ、公卿勅使を神宮に發遣して國, 宸殿・常御殿等に避けさせ給ひ、御驚愕の餘、俄に御病を發して倒れ給ひ、侍臣中, き御體驗を積ませ給うた。斯くの如く、天皇は御幼時に於いて既に學徳を磨, 夜清凉殿の東庭に下御、親しく神宮を拜し給ふや、天皇には御七歳の御幼齡に, 元年七月禁門の變の際の如きは、畏れ多くも砲丸が禁闕に達し、天皇も難を紫, に御袴を著けさせられ、勅使の歸京する迄、連夜朝餉間の西庭上に下りたたせ, 給ひ、遙かに神宮を拜し、國家の安寧を御祈念あらせられたのである。又元治, を以て、具さに政治的の御修練をも受けさせ給うたのである。殊に安政五年, 御門經之が馳せて御水を上り、漸く囘復せさせ給ふ等、彈雨の間にもいとも尊, も拘らず、必ず庭上に侍し給うた。文久元年五月の公卿勅使發遣にも、御白衣, かせられ、又種々の艱苦を甞めさせ給うて、政治的御修練をも積ませ給ひ、將來、, 斯かる間に時運は大いに推移して、國歩は盆〻艱難を告げ、天皇は皇儲の御身, 修練, 政治的御, 第一章明治天皇の御親政第一節御親政と君徳御培養, 三四七

頭注

  • 修練
  • 政治的御

  • 第一章明治天皇の御親政第一節御親政と君徳御培養

ノンブル

  • 三四七

注記 (18)

  • 1838,531,60,1058專ら學徳を磨かせ給うたのである。
  • 1381,533,67,2311家の安寧を祈らせ給うた際の如きは、御父天皇が勅使の歸京する迄、八日間毎
  • 1494,529,66,2315六月御父孝明天皇が外患を御軫念あらせられ、公卿勅使を神宮に發遣して國
  • 695,531,69,2320宸殿・常御殿等に避けさせ給ひ、御驚愕の餘、俄に御病を發して倒れ給ひ、侍臣中
  • 467,533,71,2318き御體驗を積ませ給うた。斯くの如く、天皇は御幼時に於いて既に學徳を磨
  • 1268,530,65,2309夜清凉殿の東庭に下御、親しく神宮を拜し給ふや、天皇には御七歳の御幼齡に
  • 811,533,69,2315元年七月禁門の變の際の如きは、畏れ多くも砲丸が禁闕に達し、天皇も難を紫
  • 1040,535,66,2308に御袴を著けさせられ、勅使の歸京する迄、連夜朝餉間の西庭上に下りたたせ
  • 925,531,66,2315給ひ、遙かに神宮を拜し、國家の安寧を御祈念あらせられたのである。又元治
  • 1608,530,64,2309を以て、具さに政治的の御修練をも受けさせ給うたのである。殊に安政五年
  • 581,531,70,2321御門經之が馳せて御水を上り、漸く囘復せさせ給ふ等、彈雨の間にもいとも尊
  • 1154,535,67,2306も拘らず、必ず庭上に侍し給うた。文久元年五月の公卿勅使發遣にも、御白衣
  • 356,538,68,2326かせられ、又種々の艱苦を甞めさせ給うて、政治的御修練をも積ませ給ひ、將來、
  • 1720,600,63,2240斯かる間に時運は大いに推移して、國歩は盆〻艱難を告げ、天皇は皇儲の御身
  • 1703,285,40,80修練
  • 1746,285,40,167政治的御
  • 255,677,52,1374第一章明治天皇の御親政第一節御親政と君徳御培養
  • 264,2366,41,117三四七

類似アイテム