『維新史』 維新史 1 p.9

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正しからば、よめる和歌の風も正しくして、人道のたすけとなるべし。必聖人の, しは、儒學であつて、而かも漢唐の古註を粗雜淺薄なりと爲し、專ら朱子の新註を, を重んじ、之を學問の第一義とせられたこと、及び源氏・伊勢の耽讀に在りと做し, 喜ばせられ、廷臣にも諭して之を用ゐしめ給ひ、承應二年二月、一介の處士朝山意, また天皇の御行實を記した「承應遺事」には、聖諭として「聖人の道を知て身の行ひ, し山科道安の「槐記」に、後水尾上皇より歌道勸奬の御沙汰があつた際、當座の御製, 給うて、御詠藻の御沙汰もなく、源氏・伊勢は嚴に之を斥け給うた由に拜する。併, 林庵の儒名を聞食されて、進講を命じ給うた。然るに天皇は御在位僅かに十二, られた。室鳩巣の「鳩巣小説」によれば、天皇は皇室式微の原因を以て、歴朝の和歌, 道を本とすべし」との仰があつたと記してゐる。されど天皇の最も好ませ給ひ, 十首を進められたと見ゆれば、斯の道にも御嗜みがあらせられたと拜察する。, 御讓位、皇太弟紹仁親王が踐祚あらせられ、後光明天皇と申す。天皇天資明敏に, 在はし、常に朝權を恢復せんとの御志を懷き給ひ、鋭意大御心を學問に向けさせ, 辨ふべきを垂訓あらせられた。女帝明正天皇は御在位十五年、寛永二十年十月, 後光明天, 皇, 第一章朝廷第一節禁裏及び公家, 九

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  • 後光明天

  • 第一章朝廷第一節禁裏及び公家

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注記 (18)

  • 806,586,63,2263正しからば、よめる和歌の風も正しくして、人道のたすけとなるべし。必聖人の
  • 583,588,67,2271しは、儒學であつて、而かも漢唐の古註を粗雜淺薄なりと爲し、專ら朱子の新註を
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