『維新史』 維新史 1 p.10

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五月桃園天皇が踐祚あそばされた。天皇も御英邁に在はし、夙に學を好ませら, 年、寶算二十二を以て、承應三年九月崩ぜられたことは寔に惜み奉るべく、若し猶, 永く世に在はしまさば、文運の興隆は期して待つべきであつたであらうと拜察, 侍讀伏原宣條より式部の學説を、又徳大寺公城等より「日本書紀」其の他古典の進, する。其の後、後西天皇・靈元天皇・東山天皇・中御門天皇・櫻町天皇を經て、延享四年, れ、竹内式部の學説を傾聽して皇權伸張を意圖せる廷臣等の言を嘉納し給ひて、, 壽永く在はしまさず、寶暦十二年七月、寶算二十二を以て崩ぜられた。時に皇子, て勸學の途を開かせ給はんとして、幕府に命じ、其の費を調達せしめられたが、未, 講を聽聞し給ひ、以て專ら君徳の御培養に大御心を注がせられた。天皇も亦聖, 英仁親王が未だ幼冲に在はしたので、櫻町天皇の皇女智子内親王が踐祚あり、後, 櫻町天皇と申した。次いで後桃園天皇を經て閑院宮典仁親王の王子兼仁親王, 三月仁孝天皇踐祚あり、廷臣の學問に乏しきを憂へ給ひ、假に學習所, が入りて大統を繼がせ給ひ、光格天皇と申した。御在位三十九年。文化十四年, を設け, だ幾くもなく崩御、弘化三年二月皇太子統仁親王が其の後を繼がせられた。是, 後學, 習院, 桃園天皇, 仁孝天皇, 第一編尊王論の發達, 一〇

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  • 後學
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  • 桃園天皇
  • 仁孝天皇

  • 第一編尊王論の發達

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  • 一〇

注記 (21)

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