『維新史』 維新史 1 p.197

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旨を傳へた。, 「閑窓自語」に、侍讀伏原宣條の語として、, ことが行はれるに及び、又も非難説が再燃したのであつた。, 口傳まで申しいれしとぞ。後光明院の後、この事なし、, 時に御年七歳。一條道香は攝政となり、後關白に轉じた。, 道が愈〻擴められたる時には、自己の勢力の失墜せんことを憂へ、嫉視の餘、事實を, 誇張して陳訴した結果であると言ふ。既にかやうな動因があつたので、此の事, 桃園院の御學問は、後光明院このかたの事にておはしますなり。されば易の, 件は一度落著したにも拘はらず、幾許もなく桃園天皇に對し奉つて、神書進講の, 桃園天皇は櫻町天皇の第一皇子にましまし、延享四年五月踐祚あらせ給ふ。, して、全國の神職を總管した從二位神祇權大副吉田兼雄が、式部によつて垂加神, 斯く幕府が未だ事を發しない時に、朝臣先づ自ら動いたのは、當時神道長上と, 天皇天資御英邁にして、夙に學問を好ませ給ひしことに就いては、柳原紀光の, 月二十二日に至り、改めて公家が式部の許に出入することは勝手たるべしとの, 第二章尊王思想の發達第六節寶暦明和事件, 一九七

  • 第二章尊王思想の發達第六節寶暦明和事件

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  • 一九七

注記 (16)

  • 1731,573,56,333旨を傳へた。
  • 597,572,58,1068「閑窓自語」に、侍讀伏原宣條の語として、
  • 1067,579,61,1671ことが行はれるに及び、又も非難説が再燃したのであつた。
  • 364,649,59,1532口傳まで申しいれしとぞ。後光明院の後、この事なし、
  • 831,572,62,1615時に御年七歳。一條道香は攝政となり、後關白に轉じた。
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  • 1286,571,65,2274誇張して陳訴した結果であると言ふ。既にかやうな動因があつたので、此の事
  • 481,638,63,2203桃園院の御學問は、後光明院このかたの事にておはしますなり。されば易の
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  • 950,638,64,2152桃園天皇は櫻町天皇の第一皇子にましまし、延享四年五月踐祚あらせ給ふ。
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  • 257,711,49,1173第二章尊王思想の發達第六節寶暦明和事件
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