『維新史』 維新史 5 p.355

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して同じく奉告せしめ給うた。, を其の期日と定め給ふに至つたのであつた。, となく、朝臣中には私かに諒闇繰上げの議を論ずる者があつた際も、中山忠能, 徳が奉仕し、御加冠の儀は式部卿邦家親王, 同年十二月迄は諒闇中であつたので、諸儀式を舊例の如く執行あらせ給ふこ, されば朝臣等は一日も早く御元服あらせられる事を熱望したのであつたが、, の如きは「事理被縮一周之亮陰之條、於孝道頗無其謂。況以御冠禮之故、被縮父, 帝之諒闇之條、甚不可然歟」(中山忠能日記)とて之に反對し、終に翌年正月十五日, なく御儀式を終らせ給ひ、群臣は始めて黄櫨染縫腋の御袍を召され給うた天, 父帝の崩御に會し、畏くも慶應三年正月御童形を以て踐祚し給うたのである。, に遣して御元服の事を奉告せしめ給ひ、同十三日權中納言中院通富を天智天, 皇御陵に、參議三室戸陳光を光格天皇御陵・仁孝天皇御陵・孝明天皇御陵に發遣, 斯くて明治元年正月三日先づ神祇大副藤波教忠・從五位下河越種弘を神宮, 越えて十五日、天皇は紫宸殿に出御し給ひ、御理髮の儀は權大納言正親町實, が奉仕あらせられて、茲に滯り, 神武天皇御陵には、京畿騷擾の故を以て、道路の梗塞を慮り, て延期し、二月十日に至りて權大納言正親町實徳を遣された, 伏見, 宮, 御元服の, の發遣, 由奉幣使, 大禮, 第一章明治天皇の御親政第二節大典の擧行, 三五七

割注

  • 神武天皇御陵には、京畿騷擾の故を以て、道路の梗塞を慮り
  • て延期し、二月十日に至りて權大納言正親町實徳を遣された
  • 伏見

頭注

  • 御元服の
  • の發遣
  • 由奉幣使
  • 大禮

  • 第一章明治天皇の御親政第二節大典の擧行

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  • 三五七

注記 (25)

  • 692,537,60,920して同じく奉告せしめ給うた。
  • 1158,528,59,1349を其の期日と定め給ふに至つたのであつた。
  • 1508,531,67,2320となく、朝臣中には私かに諒闇繰上げの議を論ずる者があつた際も、中山忠能
  • 461,535,63,1258徳が奉仕し、御加冠の儀は式部卿邦家親王
  • 1622,531,67,2317同年十二月迄は諒闇中であつたので、諸儀式を舊例の如く執行あらせ給ふこ
  • 1738,534,63,2326されば朝臣等は一日も早く御元服あらせられる事を熱望したのであつたが、
  • 1389,534,69,2316の如きは「事理被縮一周之亮陰之條、於孝道頗無其謂。況以御冠禮之故、被縮父
  • 1270,528,70,2318帝之諒闇之條、甚不可然歟」(中山忠能日記)とて之に反對し、終に翌年正月十五日
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  • 1851,530,68,2331父帝の崩御に會し、畏くも慶應三年正月御童形を以て踐祚し給うたのである。
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  • 805,529,68,2325皇御陵に、參議三室戸陳光を光格天皇御陵・仁孝天皇御陵・孝明天皇御陵に發遣
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