『維新史』 維新史 5 p.633

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である。, の六國公使と大坂西本願寺に會して、入朝の聖旨を傳へしめ、次いで十六日に, せしめ、後更に神祇事務局督白川資訓・同輔吉田良義をして道饗祭を禁門外に, を唱ふる者もあつたが、朝議は忠義等の建白を採擇するに決し、十四日外國事, 務總督伊達宗城・同東久世通禧・大坂裁判所總督醍醐忠順をして佛・英・伊・米・普・蘭, は、萬國の通誼に循ひ、外國公使を召見あらせらるべき旨を布告した。猶慶永, 公使の入朝は、堺事件の勃發に依つて一時遷延せるも、其の解決を俟つて正, 於いて執行せしめ、〓害の起らざるを祈禳した。斯くて二月二十八日には英, 國公使パークスと和蘭總領事ファン・ボルスブルックとが入京して、知恩院と, 及び外國事務掛後藤〓二郎・内國事務掛大久保一藏・同廣澤兵助・同中根雪江・總, 式に期日を布告し、加州・薩州等の諸藩をして公使宿泊の旅館及び沿道を警衞, 等は連署して、之を建白した。公卿の間には猶保守の舊思想を固執して、異論, 裁局顧問木戸準一郎等に公使召見に關する事務を掌るべきことを命じたの, 南禪寺とを夫々旅館に充て、續いて翌二十九日には佛國公使ロッシュも入京、, 第二十一編内治外交の刷新, 六三六

  • 第二十一編内治外交の刷新

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  • 六三六

注記 (16)

  • 928,548,46,206である。
  • 1372,545,69,2316の六國公使と大坂西本願寺に會して、入朝の聖旨を傳へしめ、次いで十六日に
  • 568,545,70,2309せしめ、後更に神祇事務局督白川資訓・同輔吉田良義をして道饗祭を禁門外に
  • 1602,542,70,2327を唱ふる者もあつたが、朝議は忠義等の建白を採擇するに決し、十四日外國事
  • 1488,542,70,2322務總督伊達宗城・同東久世通禧・大坂裁判所總督醍醐忠順をして佛・英・伊・米・普・蘭
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  • 1842,687,45,679第二十一編内治外交の刷新
  • 1834,2379,44,117六三六

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