『維新史』 維新史 5 p.692

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は終始圓滿に運べることが窺はれるのである。, と云ひ、兵助も亦一藏に與へた書翰中に於いて、, に同藩にも交渉して、茲に薩・長・土・肥の四藩が協同して事に當るに至つたので, 然るに佐賀藩は未だ圓山會議に參加してゐなかつたが、三藩の代表者は更, に據つて考ふるに、佐賀藩の參加が確定したのは、略〻此の頃であらう。前佐賀, ある。廣澤兵助の日記正月十八日の條に「早朝土藩毛利恭助へ大谷何某來訪、, 勿論ニ候得共、當時ニ而ハ容易其旨趣ニ難立到、依テ先三藩同心戮力御輔翼, 薩・土・肥・長御連名御建白一件なり。彌治定す」(廣澤眞臣日記)と見えてゐること, 派を立、私ニ懇親致し候筋ニは毛頭無之、諸藩同一ニ氣脈相通し候樣仕度は, 仕候得ハ、漸次右同一ニも可立至哉、爲皇國欽慕此事ニ奉存候。, と述べてゐるのを見ても、薩・長・土三藩要路が戮力協心して本心を披瀝し、議事, 仕、實ニ陰然朝廷御政令を御贊成仕度との旨趣ニ而、實ニ不耐感銘、素より黨, 今夕圓山端ノ寮ニ於て、御舊藩・土州・弊藩等、三藩集會相成候由、近來尤御親睦, (大久保利通文書), 參加, 佐賀藩の, 第二章版籍奉還第一節封土返上の議, 六九五

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  • 參加
  • 佐賀藩の

  • 第二章版籍奉還第一節封土返上の議

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  • 六九五

注記 (18)

  • 941,531,61,1419は終始圓滿に運べることが窺はれるのである。
  • 1856,536,59,1411と云ひ、兵助も亦一藏に與へた書翰中に於いて、
  • 715,532,61,2315に同藩にも交渉して、茲に薩・長・土・肥の四藩が協同して事に當るに至つたので
  • 827,597,63,2256然るに佐賀藩は未だ圓山會議に參加してゐなかつたが、三藩の代表者は更
  • 349,528,60,2323に據つて考ふるに、佐賀藩の參加が確定したのは、略〻此の頃であらう。前佐賀
  • 593,531,63,2334ある。廣澤兵助の日記正月十八日の條に「早朝土藩毛利恭助へ大谷何某來訪、
  • 1397,607,60,2249勿論ニ候得共、當時ニ而ハ容易其旨趣ニ難立到、依テ先三藩同心戮力御輔翼
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