『保古飛呂比』 保古飛呂比 2 元治1年~慶応3年 p.311

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より、大に懸念して、中山佐衞士は頗る狡猾にて、殊に吉田派なれば、賣られ候程難計と忠告も, 不而已、大患と相成候も難計、夫れは前件の通り、小八木派・吉田派・勤王派となり居れば、其, 受けたれ共、譬へ賣られ、敗を取るも敢て辭せず、若し只今の形にて因循すれば、勤王家の不利, 士にて、吉田派なれ共、時勢に注意し、勤王家を結はすては何事も成らずと考へ、自分は、素々, 久敷交際せさりしに、先頃中山より交際を求め來り、段々咄合致し候處、參政由比猪内も、其邊, 友人にて、親敷交際せるに、吉田權威ありし時より、自分は吉田派とは反對にて、遂に中山抔も, され共吉田派とは免角不熟なり、右二派、一時は合躰して勤王家を壓し候事ありたれば、此上兩, は、土方楠左衞門の父なる理左衞門と相交り、太宰府の模樣抔聞き、時勢に意を注げり、自分も, に心を寄せ、周旋の模樣、由比は、吉田派にては、老成且實著家にて、大に力を得たり、又中山, 中の二派合躰致したる方、必ず勢を得候は顯然なればなり、同志中にも、山川氏は頗る思慮あり、, 派又々合し候、大破裂に至るべし、早く吉田派と勤王家と歩み合ひて、相語ひ候はゞ、大に被行, 公平家にて、自分と同意なれば、大に力を得て、中山氏と愈胸禁を解いて周旋し、依つて、太宰, 政府と勤王家と合體不致ては、到底事成らずと、大に盡力す、其譯は、小八木派は門地家多く、, 可申と相考へ候故也、され共、同志本山只一郎・林龜吉・前野源之助・服部與三郎・横田祐藏等, 府行の命ありたり、同行は中山左衞士・毛利恭助・自分三人は士分にて、島村壽太郎郷士・佐井, 卷十五慶應二年, 三一四

  • 卷十五慶應二年

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  • 三一四

注記 (17)

  • 797,560,59,2325より、大に懸念して、中山佐衞士は頗る狡猾にて、殊に吉田派なれば、賣られ候程難計と忠告も
  • 575,559,61,2320不而已、大患と相成候も難計、夫れは前件の通り、小八木派・吉田派・勤王派となり居れば、其
  • 685,560,61,2325受けたれ共、譬へ賣られ、敗を取るも敢て辭せず、若し只今の形にて因循すれば、勤王家の不利
  • 1795,576,61,2308士にて、吉田派なれ共、時勢に注意し、勤王家を結はすては何事も成らずと考へ、自分は、素々
  • 1572,572,64,2319久敷交際せさりしに、先頃中山より交際を求め來り、段々咄合致し候處、參政由比猪内も、其邊
  • 1684,569,62,2323友人にて、親敷交際せるに、吉田權威ありし時より、自分は吉田派とは反對にて、遂に中山抔も
  • 1129,568,61,2321され共吉田派とは免角不熟なり、右二派、一時は合躰して勤王家を壓し候事ありたれば、此上兩
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  • 1018,561,60,2325派又々合し候、大破裂に至るべし、早く吉田派と勤王家と歩み合ひて、相語ひ候はゞ、大に被行
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