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さるを得すと雖も、朝廷和を許し給はす、是志士仁人奮起、命を致すの時なり、宜しく長, す、而して書翰は、横井平四郎・宮部鼎藏に致したるものにして、二士孰れか長門に來り、, 欲す、宮部則ち之を同志者に傳ふ、來會する者、宮部鼎藏・佐々淳次郎・今村乙五郎・安場一, 藩政府に説く所あらむ事を望たり、於是乎、本藩志士は相議して中谷に答ふる所有らむと, 人の正義を助成すへしと、甲論乙駁、遂に一致の決答を中谷に與ふる能はさるのみなら, 察し、和親開港の得策なるを知り、稍幕議を贊するの意あり、故に來會せさりしか、或は越, ます、專ら時勢に伴ひ、和議の止むへからさるを説く、宮部等曰く、海外之状勢は之を察せ, 勤王黨と呼稱するに至り、志士の勢力盆々微弱、動もすれは俗論黨に壓せられ、勤王・實學, しからさりき、故を以て、其門下生たる安場・嘉悦兼坂等は、吉田・中谷の議に贊するを好, す、爾後同志相分離して、横井派に屬するものを沼山津實學と稱し、宮部派に屬する者を, 平・嘉悦市太郎・兼坂熊四郎等十餘名にして、横井來らす、是より先、横井は海外之状勢を, 前に赴きたりし後なりしや否は、詳ならすと雖も、國事上の意見は、既に長岡是容等と同, 〔小橋元雄手記〕, 長門藩中谷正亮は、同藩吉田寅次郎の書を持して熊本に來り、國事を同志者に謀らむと欲, ク之ヲ缺ク。參考ノタメ附記ス。, 事史料所載, ○肥後藩國, 王派, ノ一派議合, 宮部ト横井, 實學派ト勤, へ熊本ニ至, 中谷正亮松, 陰ノ書ヲ携, ハズ, 安政五年三月二十四日, ク之ヲ缺ク。參考ノタメ附記ス。, 一五五
割注
- 事史料所載
- ○肥後藩國
頭注
- 王派
- ノ一派議合
- 宮部ト横井
- 實學派ト勤
- へ熊本ニ至
- 中谷正亮松
- 陰ノ書ヲ携
- ハズ
柱
- 安政五年三月二十四日
- ク之ヲ缺ク。參考ノタメ附記ス。
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- 一五五
注記 (28)
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