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たのである。, 制除するに決定した。然れども「大日本史」の特色は、實は論贊を併載する處にあ, つたといふべく、後年頼山陽は之を愛讀して措かず、「大日本史贊藪」と題して校訂, に一家の私見を以て天下の公論となすの不可なるを論じて、文化六年二月之を, の代に解決した。論贊は享保の初め安積澹泊の撰修したもので、紀傳の後に附, 室・幽谷等が、史は直筆を可として、是非善惡の如きは讀者の取捨に委すべく、妄り, と變じて、二派は反目軋轢を重ね、遂に後年黨爭の激甚を見るに至つた。, せられ、幕府への呈本にも此の條は存在した。然るに其の後に至り、主として坦, の徒は立原派に、少壯革新の徒は藤田派に黨して志を得んとし、學爭は漸次政爭, 曾て自己の門人であつて彰考館に推擧した幽谷に依つて反對せられたが爲、憤, 〓止み難くて致仕し、館は全く藤田一派の占有する所となつた。以後門閥守舊, 開版したが、山陽の「日本外史」「日本政記」は之に影響せられたことが尠少でなかつ, 「大日本史」の題名・志表のことは治保の代に決定したが、第三の論贊は次の治紀, なつた。斯くて翠軒は其の身は史館の總裁でありながら、修史に對する意見は、, 論贊の册, 除, 第二章尊王思想の發達第三節水戸學の大義名分論, 一二七
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- 論贊の册
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- 第二章尊王思想の發達第三節水戸學の大義名分論
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- 一二七
注記 (18)
- 379,571,52,329たのである。
- 704,568,62,2268制除するに決定した。然れども「大日本史」の特色は、實は論贊を併載する處にあ
- 595,573,60,2270つたといふべく、後年頼山陽は之を愛讀して措かず、「大日本史贊藪」と題して校訂
- 814,569,63,2275に一家の私見を以て天下の公論となすの不可なるを論じて、文化六年二月之を
- 1147,569,65,2272の代に解決した。論贊は享保の初め安積澹泊の撰修したもので、紀傳の後に附
- 924,562,63,2278室・幽谷等が、史は直筆を可として、是非善惡の如きは讀者の取捨に委すべく、妄り
- 1384,562,63,2030と變じて、二派は反目軋轢を重ね、遂に後年黨爭の激甚を見るに至つた。
- 1038,569,61,2271せられ、幕府への呈本にも此の條は存在した。然るに其の後に至り、主として坦
- 1502,566,64,2273の徒は立原派に、少壯革新の徒は藤田派に黨して志を得んとし、學爭は漸次政爭
- 1739,562,61,2278曾て自己の門人であつて彰考館に推擧した幽谷に依つて反對せられたが爲、憤
- 1619,558,63,2282〓止み難くて致仕し、館は全く藤田一派の占有する所となつた。以後門閥守舊
- 485,567,60,2265開版したが、山陽の「日本外史」「日本政記」は之に影響せられたことが尠少でなかつ
- 1259,613,63,2225「大日本史」の題名・志表のことは治保の代に決定したが、第三の論贊は次の治紀
- 1844,572,59,2278なつた。斯くて翠軒は其の身は史館の總裁でありながら、修史に對する意見は、
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