『保古飛呂比』 保古飛呂比 6 明治7年~同8年 p.3

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も、内で戰より其力を以て以外を征し申度抔發言致し、右兩氏共、東都在留の節とは意外の事に相, 上に有り、彼より器械等を用ひ、民力を省き、農を勸め、士亦漸を以て農に安じ、國民一般上に奉, ずる樣致度、當時士族の遊情も、一は上より開き、高に上り梯を去る如くに相成より、大弊相生じ, 洪水に當ては躍出、水涯の光景を觀る如く、先生の驥尾に付、一聲相發せずして不能止事勢歟と奉, 縣人を尋問も致し不申、眞の遊歴の樣にて、當時動搖の砌、嫌疑を悟候由に御坐候、同所分學燒失, る姿に御坐候由、惣ての形勢、兵威を以迫り候勢は嘗て無之由、〓眞意は知れ不申候得共、忠七等, 皇威輝候樣無之ては、必深患を釀出致可申と愚考仕候、可懼々々、井底の蛙の知所には非ざれ共、, 成候より歟、甚落合候模樣と承り申候、鹿兒島に中三日滯留にて、熊本・福岡邊巡囘致候へ共、他, 致し、兵隊瓦解に至候由、是も子細は別に無之、矢張東京に準じ候事と承り申候、北村は不勝にて、, 存候、偖大手筋先生も隨分盛にて、當時の所にて遣はざれば、他に仕道有まじく、今の急務は民政, 未面會致し不申、山地には一寸出會仕候、右等直に承候事も有之候得共、直に承候人より再聞仕候、, の云には、薩人等一向〓たる姿無之と申居候、何分平穩にて、以上濟候事とは存不申、此以後盆, れ候と承り申候、左樣の儀も有之候哉、何も同人情にて、政府うへたる樣に見込候事と相聞、彼人, 尚委細之義は不相分申候歟、不日出京之由に御坐候、西郷氏は未だ大將任職中故、先日東京へ召さ, 係の事出來、其節我不出は朝威も不相立、必依頼致さゞるを得んかと申樣の事にて、甚自負した, 卷三十四明治七年(一月), 二

  • 卷三十四明治七年(一月)

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注記 (17)

  • 1595,631,62,2375も、内で戰より其力を以て以外を征し申度抔發言致し、右兩氏共、東都在留の節とは意外の事に相
  • 377,634,64,2371上に有り、彼より器械等を用ひ、民力を省き、農を勸め、士亦漸を以て農に安じ、國民一般上に奉
  • 266,634,65,2369ずる樣致度、當時士族の遊情も、一は上より開き、高に上り梯を去る如くに相成より、大弊相生じ
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