『保古飛呂比』 保古飛呂比 8 明治11年~同12年 p.104

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洋・南岳・共興・有信・修立の各社は、何れも立志の分社なり、, 小金が原と歟を開墾の周旋旁々、貧之士民を集め云々の遠慮と云ふ、, 一立志社へ各縣より來り潛伏する者數々あれ共、勢の盛なるに恐れ、搜し出す者なし、, 志連あり抔と、喋々唱ふる者不少由、, 一竹村退藏と云者分任副區長にあり乍ら、無願にて過日大坂行、其趣意たるや、東國那須野の原とか, 一安岡道太郎・杉田定一等歸、(六月九日船にて歸る、), 一六月十一日、杉田定一・奈良原某等、筑前へ行きたり、板垣の内諭と云ふ、, 其外の者の怪むべき事と暴行の甚しきは不遑記、過日も千人餘にて伊野村杉元神社參詣と名づけ、, 各社の大纒を押立て、晝中公然と行軍の形をなし、夜に入り山田町八幡宮へ押行きたり、立志・南, 一立志社員の壯年輩、島田一郎以下の懷中せし、公議を杜絶し民權を抑壓し云々の○○趣意書の寫, 一板垣氏、近日中郡(香我美・長岡)へ出張し、交際を初むると言ふ事にて、高知警察よりも種々著手に, 東京に於て云々、重臣方を○し、至尊に迫て勅命を受け、政府を一洗すべし、政府にも愛國の同, を、所持暗讀致し候、, 相戌居り候へ共、中郡人は曾て高岡・幡郡と志を合せ、至尊を奉戴し、政府を保護する云々の内, 一丸龜・高松に立志の分社を置き、弘瀬爲興を社長と爲すの決議、, (〓アラン), (〓アラン), 卷四十二明治十一年(六月), 一〇四

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  • (〓アラン)

  • 卷四十二明治十一年(六月)

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  • 一〇四

注記 (19)

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