『大日本史料』 1編 1 仁和 3年 8月~寛平3年12月 p.889

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五所明神社門前西行二町はかり、一廟内, に行事一町はかり、大路の左右深林、こゝを過て社頭の東門に入る、社頭の, は、新羅の馬場なり、惣門の差入北側新羅預り坊、南側住吉社の前の森、預り, 四面囘〓、南面又樓門をひらく、門の前鳥居を立、左右瑞籬なり、本社は南向, 坊の西上、惣社の前南行横大路、中院に貫通す惣社の西上新羅の鳥居、自是, なりといふ, 西上は社地なり、北は現在谷により、東南西瑞籬を囘し以爲構、鳥居の内西, の尼護法といふ、今兒女子のこなりといふ者は誤り也, 八所明神と並ひ立、北は五所明神、南は八所明神なり、貞觀二年、曩祖大師、新, 御影杉社頭の前庭にあり、一根三株なり、貞觀初年、明神始て三井に入、居, 羅并に新山王の社を建畢て、次に近江國名神五坐を勸請し、以て寺門の鎭, 守神とす、是を五所明神と名つく、其五は、小比叡、建部、三上、兵主、比良以上也, 新羅社北院の惣門の内二町許西に行て此社あるなり、此二町許の大路, 檜皮葺三間、神像長三尺二寸、智證大師の作なり、此新羅大明神は、異域の神, 近江國興地志略〕, 寛平三年十月二十九日, 志賀郡七, ○中, ○下, 十二, ○中, 略, 略, 略, 新羅社, 五所明神, 御影杉, 社, 寛平三年十月二十九日, 八八九

割注

  • 志賀郡七
  • ○中
  • ○下
  • 十二

頭注

  • 新羅社
  • 五所明神
  • 御影杉

  • 寛平三年十月二十九日

ノンブル

  • 八八九

注記 (30)

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