『大日本史料』 1編 4 延喜 9年正月~18年6月 p.17

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大將保忠、三男敦忠中納言、いつれも〳〵のこらすうせ給にけり、右大臣顯, らひなしとて、四月四日請しよせ給て、いのらせ給ひけり、其日午刻はかり, に、善相公とふらひにまいり給たりけれは、おとゝの左右の耳より、青きく, ちなはの頭さしいたして、善相公につけていひけるやう、我申文をつくり, をひろ〳〵とす、善相公をそれをのゝき畏て、淨藏につきて、やかて出にけ, 忠のみこそ、二位の大臣まてならせ給たりけれは、菅丞相の御事をふかく, り、其時本院の大臣は、頓て薨給ぬ、又御女の女御、御孫の東宮も、又一男八條, て、梵天帝尺にうつたへ申によりて、はやく怨敵をほろほせと、ことはりを, 人康親王女、仁和二正二正五位下、同三正七從四位下、即聽禁色。同九月八, たにもくしたまはす、よろつにおそれて、晝夜に菅丞相を祈念しまいらせ, かふむれり、汝か子の淨藏、我を降伏せむとす、せいせられよと、くちなは舌, 日昇殿、同廿一日重聽禁色、同年二月十七日任右近權中將、, をそれ給て、大臣にて六年まておはしましけれとも、御ありきには、御前を, てそおはしける、, 〔公卿補任〕四非參議從三位藤時平、廿、太政大臣基經一男、母四品彈正尹, 同八月廿六, 元無, 官, 子孫中顯, 忠一人榮, 達ス, 官歴, 奇疾, 延喜九年四月四日, 一七

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  • 子孫中顯
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  • 達ス
  • 官歴
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  • 延喜九年四月四日

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  • 一七

注記 (25)

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