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甲子、延喜四年、尊師, 東寺長者補任記曰、今年はしめて後七日法を修す、, 聞え置玉ふかゆへ、醍醐山に墳墓を築き追薦なし玉ふ、, 帝、繼體の御願のため、宮中に於て、諸皇子を十六大〓に准し、鑪を蹈しめて, 銀鐘を鑄、醍醐寺に寄附し、宸翰を染て銘をなし玉ふ、曉驚雪隱之老眠、夕役, る事ありて今に至と云々, 日沒之梵唱といへる句あり、保胤、匡衡等、是希代の秀句なりと讚し奉る、, 二月廿五日、菅贈太政大臣太宰府に薨す、公、師と交誼ふかく、後世の事なと, 十一月十八日、甲寅、張ー、眞願法師に汀職位を授く、六月五日、官符を賜ふ、障, をつくりて本堂に安置し、又大乘經を書寫して大供養をのふ、太上法皇行, 幸あり, 深草普明寺に、四天王八尺の像, 眞願ハ東大寺の僧、後内供, 今長尾の宮是なり、, 奉十禪師となる、傳不詳, 土人説に云、菅靈を, とノめ玉ふ石ともいふ、神祕しるへからす, 醋吸抄には衣冠を歛すといふ、又菅公影を, 生年七, 祭る時感應ありて、白雲長き尾のことくたなひき立より、長尾と號すと云, 十三, 々、菅公後北野に跡を垂玉ふゆえ、長尾の墳墓も神社となり、今に祭祀不絶、, は繼體の御願を命し玉ふへからす、連枝方の諸皇子に命し玉ふなり喜, 十六人とあれとも、帝未青年なれは、年長せし皇子あるへからす、もしあら, 多院守覺法親王の御記にくわし、保胤、匡衡とも後の人なり、著聞集に保胤, 大内記善滋と、八條の宮に參しける時、親王時輩の文章に及んて問て曰、匡, 皇, 子, ノ墳墓ヲ, 眞願ニ灌, 築ク, 王像ヲ造, ト聖寳, 菅原道眞, 深草普明, 寺ノ四天, 醍醐山ニ, 頂職位ヲ, 醍醐天皇, 授ク, ル, 延喜九年七月六日, 一五九
割注
- 眞願ハ東大寺の僧、後内供
- 今長尾の宮是なり、
- 奉十禪師となる、傳不詳
- 土人説に云、菅靈を
- とノめ玉ふ石ともいふ、神祕しるへからす
- 醋吸抄には衣冠を歛すといふ、又菅公影を
- 生年七
- 祭る時感應ありて、白雲長き尾のことくたなひき立より、長尾と號すと云
- 十三
- 々、菅公後北野に跡を垂玉ふゆえ、長尾の墳墓も神社となり、今に祭祀不絶、
- は繼體の御願を命し玉ふへからす、連枝方の諸皇子に命し玉ふなり喜
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- 大内記善滋と、八條の宮に參しける時、親王時輩の文章に及んて問て曰、匡
- 皇
- 子
頭注
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- 眞願ニ灌
- 築ク
- 王像ヲ造
- ト聖寳
- 菅原道眞
- 深草普明
- 寺ノ四天
- 醍醐山ニ
- 頂職位ヲ
- 醍醐天皇
- 授ク
- ル
柱
- 延喜九年七月六日
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- 一五九
注記 (43)
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