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傳札を立, の以前より有る社なり、行脚記曰、信興淵大明神、是社なり、貝原氏の諸州巡, れの年にや、洪水出で、今壹丈餘の瀑布となる、いにしへのたきつぼは、今, ふちとなれり、, の記に、色佛大明神につくる、或書に思子淵に作、思子淵の事子細あり、, 第二は葛川明王、第三は伊崎寺の明王なりと云々、, 院葛川寺と號す、開山無動寺相應和尚なり、淳和天皇の后旅子の創立にし, て、其後また清和天皇の御建立、本尊は觀音にして、脇侍の不動明王は、相應, の明王, 地主權現社坊村にあり、葛川寺の鎭守なりといふ、然れども、葛川寺創建, 又聖之記曰、明王御衣木三にきり玉ひて、第一は當寺, 和尚の所作なり, 葛川瀧葛川寺明王堂の傍にあり、古へは長さ四十間許有といふ、いづ, 毘沙門天の像は、慈覺大師の所作なり、山門の僧百日行法して、此に來て碑, 今昔染殿ノ后申ス、文徳天皇ノ御母也、良房太政大臣申ケル關白, 〔今昔物語〕二十染殿后爲天狗被燒亂語第七, 〔附録〕, ○中, 無動寺の, 明王なり, ○中, 略, 略, 不動ヲ刻, 權現社, 開山相應, 明王, 伊崎寺ノ, 葛川瀧, 鎭守地主, ス, 延喜十八年十一月三日, 五五
割注
- ○中
- 無動寺の
- 明王なり
- 略
頭注
- 不動ヲ刻
- 權現社
- 開山相應
- 明王
- 伊崎寺ノ
- 葛川瀧
- 鎭守地主
- ス
柱
- 延喜十八年十一月三日
ノンブル
- 五五
注記 (33)
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