『大日本史料』 1編 6 延長 5年11月~承平5年雑載 p.368

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猶いふへきかことさらになし、, て引載たる、延長八年十月十日, 引載たる李部王記の文、延長八年十月十日、庚子、御葬送、, 十六所、夾路設幕、撃鐘念佛、十二日、山作所、於山陵立卒都婆三基とあるにて, 知られたり、しかるに、その御表の卒都婆、何の頃失たるにか、今はその跡た, 十一月に、左衞門權少尉源添に仰て、掘らしめ給ひたる趣にてあきらかな, になし、さて小隍のめくりたるは、類聚符宣抄の宣旨に見えたる、承平元年, 仕御導師、基繼僧都、奉仕呪願、十一日、大漸明、辰四剋到醍醐寺北山陵諸寺八, り、かくて此御陵につきては、他に異論もなく、あきらかに知られたれは、今, は、陵山を作らす、平地に穴を掘り、その内に校倉を置き、その倉内に御棺を, 堯孝子, 納奉り給ひしなるへし、又陵上に卒都婆を三基立置れしこと、同雜事記に, 及右大臣、從御輿後、皆在行障内、御前僧卅口、在行障前、天台西塔院主仁照、奉, 〔陵墓一覽〕醍醐天皇陵京都府山城國宇治郡醍醐村, とみえたるを以ておもへ, 〔歴朝山陵圖, 醍醐天皇後山科陵, 本云、儀式繁, ○中略、前掲ノ山, 陵考所收ト同ジ、, 多、抄出極略, ○宮内省圖, 書寮所藏, 今率都婆, ヲ設ク, ナシ, 後ニ小陛, 延長八年十月十日, 三六八

割注

  • 本云、儀式繁
  • ○中略、前掲ノ山
  • 陵考所收ト同ジ、
  • 多、抄出極略
  • ○宮内省圖
  • 書寮所藏

頭注

  • 今率都婆
  • ヲ設ク
  • ナシ
  • 後ニ小陛

  • 延長八年十月十日

ノンブル

  • 三六八

注記 (29)

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