『大日本史料』 1編 6 延長 5年11月~承平5年雑載 p.937

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多く此時に失へり, 葛城山の〓岡南の方に延縁して、別に峯を, 私文書、重代の寺寶、皆燒失す、中にも當寺の重器は、童男行者著坐筵、本願孔, 記、此等の重器皆燒失すといふ、, 自筆置文、丹生明神託宣、船主延暦護法殿を造る祝文、大河起請文、盆繼未來, 伴孔子古の草創なり、, 守しか故に、人身をうけたりといへとも、放火の罪の故に此報を得たり、夢, 第五代の別當湛譽, 子古所持弓、船主奧州下向の時天皇賜ひし劍、澁田嬬大刀自奉納の鏡、本願, 當寺勅號を補陀洛山施音教寺願成就院といふ、, 覺て宿報を知ぬ、然とも猶數年寺務して、職を嫡弟永祐に讓〓ぬ、, の時、承平五年八月十三日、夜本堂失火して、湛譽の住房まて延燒す、此時公, 起す者を風猛山といふ。山の左右幽谷茂林にして、人跡至ること〓なり、〓, 千〓の子湛譽あり、承平の時に當りて、本堂禮堂囘祿の災に罹りて、舊物, 〔參考〕, 〔紀伊續風土記〕, 那賀郡七粉河寺粉河寺開基は、寶〓元年、大, 草創より此時まて, 百七十餘年、〇中略, 縁起竝僧, ○中, 綱補任, 粉河莊下, 中, 略, ○, 二十三, 二十三邪賀郡七, 略, 古ノ開基, 草創後百, 大伴孔子, 寺地, 七十餘年, ニ燒失ス, 承平五年八月十三日, 九三七

割注

  • 草創より此時まて
  • 百七十餘年、〇中略
  • 縁起竝僧
  • ○中
  • 綱補任
  • 粉河莊下
  • 二十三
  • 二十三邪賀郡七

頭注

  • 古ノ開基
  • 草創後百
  • 大伴孔子
  • 寺地
  • 七十餘年
  • ニ燒失ス

  • 承平五年八月十三日

ノンブル

  • 九三七

注記 (37)

  • 1082,642,57,559多く此時に失へり
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