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多く此時に失へり, 葛城山の〓岡南の方に延縁して、別に峯を, 私文書、重代の寺寶、皆燒失す、中にも當寺の重器は、童男行者著坐筵、本願孔, 記、此等の重器皆燒失すといふ、, 自筆置文、丹生明神託宣、船主延暦護法殿を造る祝文、大河起請文、盆繼未來, 伴孔子古の草創なり、, 守しか故に、人身をうけたりといへとも、放火の罪の故に此報を得たり、夢, 第五代の別當湛譽, 子古所持弓、船主奧州下向の時天皇賜ひし劍、澁田嬬大刀自奉納の鏡、本願, 當寺勅號を補陀洛山施音教寺願成就院といふ、, 覺て宿報を知ぬ、然とも猶數年寺務して、職を嫡弟永祐に讓〓ぬ、, の時、承平五年八月十三日、夜本堂失火して、湛譽の住房まて延燒す、此時公, 起す者を風猛山といふ。山の左右幽谷茂林にして、人跡至ること〓なり、〓, 千〓の子湛譽あり、承平の時に當りて、本堂禮堂囘祿の災に罹りて、舊物, 〔參考〕, 〔紀伊續風土記〕, 那賀郡七粉河寺粉河寺開基は、寶〓元年、大, 草創より此時まて, 百七十餘年、〇中略, 縁起竝僧, ○中, 綱補任, 粉河莊下, 中, 略, ○, 二十三, 二十三邪賀郡七, 略, 古ノ開基, 草創後百, 大伴孔子, 寺地, 七十餘年, ニ燒失ス, 承平五年八月十三日, 九三七
割注
- 草創より此時まて
- 百七十餘年、〇中略
- 縁起竝僧
- ○中
- 綱補任
- 粉河莊下
- 中
- 略
- ○
- 二十三
- 二十三邪賀郡七
頭注
- 古ノ開基
- 草創後百
- 大伴孔子
- 寺地
- 七十餘年
- ニ燒失ス
柱
- 承平五年八月十三日
ノンブル
- 九三七
注記 (37)
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