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紫雲持佛堂のうしろ、壁妻戸の間に留れり、是は吉水の法然坊、多日の契約, 屋共に損滅をり、其後は日々の亂逆なれは、いつれの日を取て記録すへき, 行々々、廿八日、大宿直寺庵在家〓〳〵く炎上と云々、同六月七日、麓道場前, の砌、憶持分あら〳〵おもひ出るに隨ひ、過去帳に寫し留むるの處也、, 樣なし、廿六日、合戰初つて大伽藍灰燼してより、公家、武家、僧坊、人屋いか程, かは昔に立還らん、院主此比は叡山北谷寄宿と申す、心中察をしめ落〓千, の物か損滅をし、靈佛、靈社、神驗を失ひ、佛法破滅時既にいたれ象、一々の日, の往生講、彼持佛堂音樂張行、夢のむかしと成にたり、代々説道乃名室、いつ, を告られり、則未明に東山へ尋ぬるに、此曉往生也と答ふ、未來際に奇特, 限折〳〵の倒惑翰墨に曁はさ〓とこ、泣〳〵告來なに隨ひて、あらゆる損滅, 東は町面、上は一條より登り四町餘、不思議風吹て、横竪十八町歟燒失し、人, を貽せる彼紫雲の間も、はては灰燼とならん、當院主家門冷泉の殿下、月次, 後三四町燒をはんぬ次日十一日下の一色殿より火出て、近衞油小路生り, 革堂百万偏淨菩提寺新善光寺佛心寺廣覺寺圓興寺空也, 堂三福寺地持院猪熊殿安居花坊誓願寺崇福寺等持寺, 京都燒亡, 六月七日, ノ燒亡, 二十八日, 燒亡, ノ箇所, 十一日ノ, 應仁元年五月二十六日, 二四八
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- 京都燒亡
- 六月七日
- ノ燒亡
- 二十八日
- 燒亡
- ノ箇所
- 十一日ノ
柱
- 應仁元年五月二十六日
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- 二四八
注記 (24)
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