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津久戸の明神と云は牛込にあり、田安大明神を此地へ移し奉りし事、遠き, 事にあらす、初より津久戸大明神と申たるを、田安の内に御社有し故、所の, の古戰場にその猛氣とゝまり、人民をわつらはしむる事年あり、延文の頃、, 神田社湯嶋社領三十石, 八幡の社あり、津久戸の八幡と云、然は右の永享記に、津久戸大明神と書た, 名をかたとり、田安明神と申たる由、津久戸の名は久しき事にて、此山に正, 一遍上人三代眞教坊、當所遊行の時、村民此事を歎く、その黨の長なれは、將, 平將頼、武藏國多摩郡中野の原に出張し、秀郷の子藤原千晴とたゝかひ、將, 頼利なくして、天慶三年七月七日、同國河越におゐて、千晴かために死、中野, 社家傳説云, 二月十四日、平貞盛か矢に中て、藤原秀郷これを討、其頃將門の弟御厨三郎, るへしや、, るは、永享記の時代に書たる記にはあらす、東照大權現樣御入國已後書た, 門の靈を相殿にまつりて、神田大明神二座とす、かたはらに草庵を立て、芝, 將門の靈を祭る事は、人皇六十一代朱雀天皇天慶三庚子, 祭神大己貴命平將門靈二座神田湯嶋下谷小川町, 産土神, 〔江戸砂子〕, 南京橋, 湯島, 東大川, ○中, 略, 三, 野ニ戰フ, ノ子千晴, ト武藏中, 御〓三郎, 將頼秀郷, 神田社ハ, 永享記ニ, 追記アリ, 將門ノ弟, 舊ト芝崎, 道場ニ在, トノ説, 天慶三年二月十四日, 六六〇
割注
- 南京橋
- 湯島
- 東大川
- ○中
- 略
- 三
頭注
- 野ニ戰フ
- ノ子千晴
- ト武藏中
- 御〓三郎
- 將頼秀郷
- 神田社ハ
- 永享記ニ
- 追記アリ
- 將門ノ弟
- 舊ト芝崎
- 道場ニ在
- トノ説
柱
- 天慶三年二月十四日
ノンブル
- 六六〇
注記 (38)
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