『大日本史料』 1編 10 天暦 7年 8月~応和元年11月 p.350

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寄て、えもいはすもてなしておはしましけり、しのひてかよはせ給ける事, るへきにもあらす、あまかけりても御らんせよとそ申させ給ける、ほうし, つをひとからひつつゝ御てつからふとぬゐいれさせ給けるを、殿はさも, 殿はむまれさせ給へる日を、御忌日にておはしますなり、かのぬひをかせ, 心にあらすなからへ候はゝ、出家かならすし侍りなん、又ふたつこと人見, ひつひとよろひに、かたつかたは御ゑほうし、いまかたつかたには、したう, しらせ給はさりけり、さてつゐにうせさせ給にしは、されはこの太政大臣, にならせたまはんことはあるましとやおほしめしけん、ちいさき御から, より令退出給了、而後こ、大后のいとをしくせさせ給し人なりとて、後ニ召, をは、延木もたれも不知食さりけり、小野宮殿許かしらせ給たりける、正月, 給し御ゑほうし、したうつ御覽するたひには、九條殿しほたれさせ給はぬ, 拜禮ニ小野宮殿一こ、九條殿二こたゝせ給たりけり、小野宮殿、九條殿ニ申, 公季母こは、九條殿はしのひやかにあはせ給たりけれは、延木聞付テ、藤壺, おりなし、まことにそのゝちひとりすみにてそやませ給にし、, 〔中外抄〕下久安元年八月十一日朝、候御前、, 康子内親王、, 仰云、, 天徳元年六月六日, 以テ校ス, 御念誦, ○榊原本ヲ, ○中, 之間也, 略, 薨ゼラル, 公季ノ産, ニ依リテ, 以後師輔, 再ビ室ヲ, 娶ラズ, 天徳元年六月六日, 三五〇

割注

  • 以テ校ス
  • 御念誦
  • ○榊原本ヲ
  • ○中
  • 之間也

頭注

  • 薨ゼラル
  • 公季ノ産
  • ニ依リテ
  • 以後師輔
  • 再ビ室ヲ
  • 娶ラズ

  • 天徳元年六月六日

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  • 三五〇

注記 (32)

  • 397,632,65,2228寄て、えもいはすもてなしておはしましけり、しのひてかよはせ給ける事
  • 1695,639,60,2210るへきにもあらす、あまかけりても御らんせよとそ申させ給ける、ほうし
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