『大日本史料』 1編 14 天禄 3年 7月~天延2年3月 p.80

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をとけさらんとのたまひけれは、僧都これをきゝて、まことにことはりきはまり侍り, あんするに、なとかは生せさらん、其故は人六行觀を修して上界の定を得むと思時、, 下地は麁也苦なり障なり、上地は靜なり妙なり離なりといふ事を信して、下地のいや, とて、〓をなかしたなこゝろを合せて歸給ひにけり、さて往生要集を撰し給ひけるに、, しきさまをいとひ、上地の妙なる事をねかへは、その觀念のちからにて、次第にすゝ, 阿彌陀堂ト申ハ、當山最初ノ舊寺ノ跡也、天平年中ニコレヲ建立シテ葛井寺ト云ケリ、, みて、悲想・非々想まていたるへしといへり、しかれは西方の行人も又おなし事なり、, 建佛閣、安置件靈像、改葛井寺、名法輪寺、鎭守ハ本地虚空藏、號法童法護大菩薩、, 抑法輪寺ハ道〓僧都ノ建立、勝驗無雙ノ靈地也、, 其事を思ひて、厭離穢土、欣求淨土を先とし給ひけるとかや、, ちゑ・きやうとくなくとも、穢土をいとひ淨土をねかふ心さしぶかくは、なとか往生, トカヤ、, 貞觀十六年ニ、引山腹、埋幽谷、, 天慶年中ニ、空也上人參籠之時、貴賤上下ヲ勸進シテ、舊寺ヲ修造シテ常行堂トスル, 〔源平盛衰記〕四十法輪寺付中將相見瀧口并高野山事, ○惠心僧都繪詞, 傳、異事ナシ, ○中, 略, 撰スルニ光, 勝ノ意ヲ以, 往生要集ヲ, 興シテ常行, 法輪寺ヲ再, 堂ヲ建ツ, テス, 天祿三年九月十一日, 八〇

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  • ○惠心僧都繪詞
  • 傳、異事ナシ
  • ○中

頭注

  • 撰スルニ光
  • 勝ノ意ヲ以
  • 往生要集ヲ
  • 興シテ常行
  • 法輪寺ヲ再
  • 堂ヲ建ツ
  • テス

  • 天祿三年九月十一日

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  • 八〇

注記 (28)

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