『大日本史料』 1編 14 天禄 3年 7月~天延2年3月 p.100

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て終に往生を遂たまへるなり、, を本坊に歸し、只一人攝州箕面と云所に籠居あり、其後金龍寺といふ所にて、年月行, 高聲に念佛申し左右を見すして歩行す、賊きゝて彼の空也上人なりと云捨て去也、, は御邊なんとにこそ尋申へけれ、かゝる賤き身は、只まよひ行はかりなり、更に異な, る事侍らんと宣へは、内供奉上人の袖にすかり、念頃に尋給へは、上人如何にも其身, 門派、千觀内供奉と云僧、三井の住僧常に勅に應して參内ありしに、還路にて上人を, 御覽して、車より下りて後世菩提を問給ふに、上人云、いかに逆事を宣ふ、左樣の事, を捨てこそと宣て、足早みに過行給ふ、其時内供奉河原の中に裝束を〓捨て、供の人, と御聲あらたに御詠歌ありけれは、上人とふとく思召、それより長谷寺執行し、御念, 上人東山西光寺へ御參り有けるか、四條川原に出て、念佛申たまひしに、智證大師の, 上人春日大明神へまふて給ひて、鐘をたゝき、高聲に念佛を唱へ給へは、御帳の内よ, り、, またもまたあらはや人に教へし南無あみた佛の六の外には, 天祿三年九月十一日, 阿野中納言秀信卿筆, ○中略、應和三年八月, 二十三日ノ條ニ收ム、, 御同人., ス、, ○, 略, 繪, 阿野中納言秀信卿筆, 春日明神ノ, 神託ヲ受ク, 光勝ト千觀, 天祿三年九月十一日, 一〇〇

割注

  • ○中略、應和三年八月
  • 二十三日ノ條ニ收ム、
  • 御同人.
  • ス、
  • 阿野中納言秀信卿筆

頭注

  • 春日明神ノ
  • 神託ヲ受ク
  • 光勝ト千觀

  • 天祿三年九月十一日

ノンブル

  • 一〇〇

注記 (28)

  • 703,602,54,768て終に往生を遂たまへるなり、
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