『大日本史料』 1編 22 寛和元年正月~3月 p.132

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物を營みて常にかはれける犬に給ける程に、隣より異犬の來てまもりけれは、又同樣, 〔撰集抄〓, にして給けるに、此犬ともの一つゐの飯を論していかみけるを見給て、是を悲み給て, くて、生年生類をは哀み給へる態、父母の一子を思へるに過たり、有時は、種々の食, やらゐしに、御腹の惡くをわしける、其御心はや〳〵改め給ひねとて、さめ〳〵とな, き給けるを、慈惠大師御覽して、只人にてはをはせすとその給はせける、此心はせの, をはしましけれは、つゐに出家して往生の素懷をとけ給へり、, とよめるを、うちにきこしめして、おほんとふらひにつかはさんとてめしゝに、, 中比、内記入道保胤と云人いまそかりける、朝につかへし其のかみより、心に慈悲深, うくひすのはなになくねをきゝしまにいとほしきことしらすそありける, 〔廬山寺文書〕如, はニ作ル〓, りふししる, 寛和元年正月三日, ○天慶九年是, 歳ノ條參看、, ○同本、詞書ヲ、とよめるを、うちきこしめして、つかはさん, 内記入道保胤事, とて、よませつる返しやつかはしけん、たしかにしらすニ作ル、, ○寛和二年四月二十二日ノ條, 及ビ長保四年十二月九日ノ第, 二條, 參看、, 五, 良源慶滋保, 胤ヲ凡俗ニ, 非ズト評ス, 寛和元年正月三日, 一三二

割注

  • ○天慶九年是
  • 歳ノ條參看、
  • ○同本、詞書ヲ、とよめるを、うちきこしめして、つかはさん
  • 内記入道保胤事
  • とて、よませつる返しやつかはしけん、たしかにしらすニ作ル、
  • ○寛和二年四月二十二日ノ條
  • 及ビ長保四年十二月九日ノ第
  • 二條
  • 參看、

頭注

  • 良源慶滋保
  • 胤ヲ凡俗ニ
  • 非ズト評ス

  • 寛和元年正月三日

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  • 一三二

注記 (29)

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