『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.348

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ヲ以テ略ス、, になり給ぬ、, おそろしうおほさるゝに、關白殿の御心ちいとおもくて、四月六日、出家せ, させ給ふ、あはれにかなしきことに覺しまとふ、きたのかたも、やかてあま, 事既空虚、但今曉出家、其後中宮大進送書状、寅刻許出家入道者、又自修理權, 〔公卿補任〕六關白正二位藤道隆六日出家入道、, 並東宮女御、行啓彼里第、, 大夫許、同有此長、仍乍恐驚參彼殿、依出假文、乍立相遇人々退歸、明順朝臣云, きことなり、あすはしらす、いまはかうなめりと、さへき殿はら、むねはしり, 曉更出家了、所被惱昨夕彌重、今夕、中宮、東宮息所出給云々、, 〔小右記〕四月六日、壬午、早朝覺縁師義行朝臣告送云、關白薨者、仍慥取案内、, あはれにいみし, ○歴代編年集成、百練抄、一代要記、皇代暦、大鏡裏書、愚管抄等、異事ナキ, 擬階奏、, 七日、, 〔大鏡, 〔榮華物語, 鏡〕太政大臣道長中關白殿、四月六日出家し給ひて、十日うせ給ひぬ, 〔榮華物語〕&はてぬゆめ, ○上略、朝光、薨去ノコトニカ, ヽル、三月二十曰ノ條ニ收ム, 癸, 未, 見はてぬゆめ, 二, 行啓, 子出家, 道隆室貴, 東宮女御, 薨去ノ噂, 長徳元年四月七日, 三四八

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  • ○上略、朝光、薨去ノコトニカ
  • ヽル、三月二十曰ノ條ニ收ム
  • 見はてぬゆめ

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  • 行啓
  • 子出家
  • 道隆室貴
  • 東宮女御
  • 薨去ノ噂

  • 長徳元年四月七日

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  • 三四八

注記 (32)

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