『大日本史料』 2編 2 正暦4年7月~長徳3年8月 p.844

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二位の新發, とよ、せう〳〵のをのこにはまさりてこそきこへ侍りしか、さやうの折め, しありけるにも、大盤所のかたよりはまいり給はて、弘徽殿のうへの御局, 後には高二位とこそはいひ侍りしか、さて積善寺の御くやうの日は、此入, 高内侍ト云ハ、中關白ノ室、成忠二位ノ女也、圓融院ノ御, に侍りや、女のあまりにさえかしこきは物あしと、人の申すなへに、この内, テ、云事アル時ニハ、カミヲアケテ、女官ヲオホククシテ參テ、石灰ノ壇ニソ, まいられし、それはまことしき文者にて、御前の作文には、ふみ奉られしは, のかたよりとをりて、ふたまになん候給けるとこそうけ給りしか、こたい, 三ところ、女君よところおはしましき, 内侍そかし、されと殿上えせられさりしかは、行幸節會なとには、南殿にそ, 〔續古事談, 候ケル、御門ソノ御心アリケレトモ、トケ給ハテヤミニケリ、, 侍後にはいといみしう墮落せられにしも、そのけとこそ覺へ侍りしか、, 時、典侍シケレトモ、ユルサレサリケレハ、内侍所ニ屏風ヲタテヽサフラヒ, の御なかれにて、御そうは、女もみなさえのおはしましたる也、母うへは高, 道殿のかみに候はれしは、いとめてたうなりしわさかな、そのはらに男君, 長徳二年十月是月, ○中略、長徳元年四月十, 日、道隆薨去ノ條ニ收ム, 臣節, 二, 後ニ墮落, 殿上ヲ聽, き文者, サレズ, まことし, 長徳二年十月是月, 八四四

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  • ○中略、長徳元年四月十
  • 日、道隆薨去ノ條ニ收ム
  • 臣節

頭注

  • 後ニ墮落
  • 殿上ヲ聽
  • き文者
  • サレズ
  • まことし

  • 長徳二年十月是月

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  • 八四四

注記 (29)

  • 1561,2537,57,334二位の新發
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