『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.272

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つくしう見奉らせ給ふ、, 張へいにけり、おとゝの君は、わさとなもつけさせ給はて、たゝすみ給ふま, の御直衣姿もをかしうて、出て入りまきれ給ふを、殿唯我御子のやうに、う, ゝに、たいの君とそめしける、この君に殿おのつからむつましくならせ給, ひけれは、父君は、年頃とかくしありき給ひて、それも亡せ給ひにしかは、そ, 道殿、上なと思しめしたるに、故式部卿宮の御子の右兵衞督は、關白殿の上, 給へりし、有國の宰相の女の腹に、女君二人うませ給へりしを、母も亡せ給, ひにけり、御志のあるさまにめさましき事ともありけれは、上こと人より, 納言の御子の則理をかたらひたりける程に、尾張の守になりにけれは、尾, りなきなるへし、何事も世の御物語、哀にもおかしうも聞え給ふに、ます宮, の女君たち今はむけにおとなになり給ひて、いとほしけにてありと聞か, せ給ひて、關白殿の上知らぬ人かはとて迎へさせ給ひて、殿の御まかなひ, の御おちの子にこそはおはしけめ、その君人にをむなしきさまにそ覺え, 御くしまゐりなとに、二所なからさふらはせ給ふほとに、姉君は、致仕の大, 〔榮華物語〕若枝關。白殿年頃御子といふものもたせ給はぬなけきを、人。, 寛治元年十一月二十二日, 憲定ノ女, ヲ養フ, 寛治元年十一月二十二日, 二七二

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