『大日本史料』 3編 1 応徳3年11月~寛治4年雑載 p.409

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に都を去る事、纔に三十里なるを、上皇いまた臨幸を遂けさせ給はすして、, 何そ十萬餘里の波煙を凌き給はむやと奏しけれは、仙院甘心の御氣色あ, る治安三年、法成寺相國詣參して、親く靈光を拜せられ感〓せしといふ、殊, 我國の佛の在所なきにあらす、南岳高野山は、弘法大師〓に凡身を變し、給, 土にあらす、法身如來密嚴の淨土にて、實に應化身の佛土に勝るへし、去ぬ, 山の淨土に臨み、佛前に詣し、當來出離を求むへしと宣ふ、其時大江匡房卿, はす、親遮那の佛體を現し、全身を留めて、不滅常住なり、是報土にあらす、化, 語けて宣はく、朕生を國王に禀くといへとも、像末佛滅の後、邊鄙粟散の境, 奏して曰、夫佛に法報應の三身あり、應化は生滅あれとも、法報は常住なり、, にて、現世憑み少く、來報も亦恐多し、今若佛在世に當らは、朕まさに月氏靈, 燈籠堂勤式白河上皇三萬燈を耀かし、親, く一燈を廟前に供し給ふ、今の白河燈是なり, 〔高野山總分方風土記〕, 白河上皇白河上皇寛治二年正月、侍臣に, 歴世の皇帝、其芳躅を繼かせ給ふ, 〔高野山總分方風土記〕, 持經、白河の二燈、堂中の左右, にありて、依然として絶る事, 幸臨, なし、〇, 中略, 奥院, ○下, 練抄を引て、二月廿二日の事とす、今謂く、廿, 二日は御出京の日歟、信堅記亦廿二日とす, 五, 四, 略, 白河燈, 寛治二年二月二十二日, 四〇九

割注

  • 持經、白河の二燈、堂中の左右
  • にありて、依然として絶る事
  • 幸臨
  • なし、〇
  • 中略
  • 奥院
  • ○下
  • 練抄を引て、二月廿二日の事とす、今謂く、廿
  • 二日は御出京の日歟、信堅記亦廿二日とす

頭注

  • 白河燈

  • 寛治二年二月二十二日

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  • 四〇九

注記 (31)

  • 400,749,63,1969に都を去る事、纔に三十里なるを、上皇いまた臨幸を遂けさせ給はすして、
  • 298,741,63,1964何そ十萬餘里の波煙を凌き給はむやと奏しけれは、仙院甘心の御氣色あ
  • 504,749,66,1956る治安三年、法成寺相國詣參して、親く靈光を拜せられ感〓せしといふ、殊
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