『大日本史料』 3編 3 寛治7年10月~嘉保2年11月 p.940

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

て、西へ射給ひけれは、其かふら矢夥く京中をなり廻りて、二條の御所のも, もろみち今度壽命助けさせ給たらは、一には、東坂本より西坂本へ、廻廊を, 議のこと也と思ひける程に、其あした二條殿のかうしの役しける侍の見, やの御みすのへりに立と見て、夢打驚き覺てうつゝに聞けれは、御殿の上, のほりて、世に聞えある有驗の人にておはしけれは、隨分に祈申されけれ, の御前より、十せんしの御前迄廻廊を造て、大衆以下の參り下向の輩に、風, 白殿は、山王の御とかめとて、左の御かほ先に御かふれ出て頓ておもらせ, 給ひしかは、御兄にて、天台貫主仁源理智房のさすと申し人は、大峰なとに, けれは、もやの御みすのもかうにしきみの葉一たちたりけり、それより關, みちの御病をやめて、命はかりをたすけさせ給へとそ祈申させ給ひける、, かたをやつさせ給ひ、忍ひて十禪師の御前に、七ケ日御參籠有て、關白もろ, とも、其驗もなかりけれは、大殿の北の政所、せめての御歎の餘りにや、御す, 建て、山僧らか三山の參詣の時、霜雪雨露を凌かんかため也、一には、八王寺, のほとより、かふら矢の聲出て、ひえの大たけをこえて、西を差て行ぬ、不思, 雨を凌んと也、一には、三千人の衆徒に、毎年の冬に小袖一つゝ著せ參らせ, ヲ祈ル, ノ病平癒, 山王ノ徃, 師通ノ母, 十禪師ニ, 仁源師通, 參籠立願, 師通病ム, ニ依リテ, ス, 嘉保二年十月二十四日, 九四〇

頭注

  • ヲ祈ル
  • ノ病平癒
  • 山王ノ徃
  • 師通ノ母
  • 十禪師ニ
  • 仁源師通
  • 參籠立願
  • 師通病ム
  • ニ依リテ

  • 嘉保二年十月二十四日

ノンブル

  • 九四〇

注記 (27)

  • 1773,667,71,2180て、西へ射給ひけれは、其かふら矢夥く京中をなり廻りて、二條の御所のも
  • 499,656,68,2186もろみち今度壽命助けさせ給たらは、一には、東坂本より西坂本へ、廻廊を
  • 1424,658,70,2191議のこと也と思ひける程に、其あした二條殿のかうしの役しける侍の見
  • 1657,663,71,2184やの御みすのへりに立と見て、夢打驚き覺てうつゝに聞けれは、御殿の上
  • 960,660,70,2179のほりて、世に聞えある有驗の人にておはしけれは、隨分に祈申されけれ
  • 265,657,71,2183の御前より、十せんしの御前迄廻廊を造て、大衆以下の參り下向の輩に、風
  • 1195,653,69,2189白殿は、山王の御とかめとて、左の御かほ先に御かふれ出て頓ておもらせ
  • 1078,654,70,2186給ひしかは、御兄にて、天台貫主仁源理智房のさすと申し人は、大峰なとに
  • 1312,655,66,2188けれは、もやの御みすのもかうにしきみの葉一たちたりけり、それより關
  • 614,657,70,2202みちの御病をやめて、命はかりをたすけさせ給へとそ祈申させ給ひける、
  • 732,660,67,2182かたをやつさせ給ひ、忍ひて十禪師の御前に、七ケ日御參籠有て、關白もろ
  • 845,659,71,2182とも、其驗もなかりけれは、大殿の北の政所、せめての御歎の餘りにや、御す
  • 381,646,71,2196建て、山僧らか三山の參詣の時、霜雪雨露を凌かんかため也、一には、八王寺
  • 1542,664,69,2182のほとより、かふら矢の聲出て、ひえの大たけをこえて、西を差て行ぬ、不思
  • 152,654,69,2178雨を凌んと也、一には、三千人の衆徒に、毎年の冬に小袖一つゝ著せ參らせ
  • 1021,307,39,109ヲ祈ル
  • 1062,309,42,159ノ病平癒
  • 1269,301,41,168山王ノ徃
  • 776,299,39,170師通ノ母
  • 732,301,39,157十禪師ニ
  • 1109,304,41,164仁源師通
  • 687,300,41,168參籠立願
  • 1181,300,40,162師通病ム
  • 1227,312,37,150ニ依リテ
  • 648,304,33,29
  • 1903,740,44,425嘉保二年十月二十四日
  • 1889,2455,43,125九四〇

類似アイテム