『大日本史料』 3編 5 承徳2年1月~康和3年6月 p.728

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にはかられて、劍にのそめりけるは、燕の國の圖にふけりて、自出相給へる, はたらかは〓さん、坊中の人聲を出すなと云て、其程にぬりこめ倉なとひ, て、又門を叩て、此尼を請とらんとするかとて入れて、隆禪自對面してけり、, ひ候へといひけれは、食物を與へてやとしけり、夜に入て、門を叩く者あり、, こゝに判官と名のる者、隆禪をとらへて、刀を拔て脇にさしあてゝ、汝若動, 於花山院、爲源右相府、一家合力被行八講, 二日朝、隆禪僧都辨説如涌、仍別祿北政所令左大將賜僧都云々、, 使廳使也と云、其尼おほく盜犯の沙汰にかゝりたる也、ゆるし出すなとい, ひて歸ぬ、是によりて、彼尼をしはりて相待ほとに、夜更て判官殿と云者來, 大和國の人を尋るか日暮たり、又食物もなし、今夜是に候はん、食物あてた, 故也、隆禪無縁の尼を憐ふ慈悲の心を元として、かゝる目にあひけるこそ, きあけて、資財雜物若干運取て、馬十餘疋に負せて、尼公をも、隆禪をも、馬に, のせて、粟田山へゐて行てときゆるす、さて各去にけり、彼秦始皇帝高漸離, 隆禪律師、按察大納言隆季の法事導師にて、坊にかへりたる夜、尼一人來て、, 〔十訓抄〕中第七可專思慮事, 略, ○下, 無縁ノ尼, ヲ憐ミテ, 辯説涌ク, ガ如シ, 強盜ノ難, ニ遭フ, 康和二年七月十四日, 七二八

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  • ○下

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  • 無縁ノ尼
  • ヲ憐ミテ
  • 辯説涌ク
  • ガ如シ
  • 強盜ノ難
  • ニ遭フ

  • 康和二年七月十四日

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  • 七二八

注記 (25)

  • 301,660,69,2177にはかられて、劍にのそめりけるは、燕の國の圖にふけりて、自出相給へる
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