『大日本史料』 4編 4 建久3年3月~6年8月 p.658

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十五日, は新宮城内に在りといふ, るべし、, 行快死後、鳥居禪尼と號す、, 父同母の夫婦なりしか、又、湛快の妾などの産る女か、考へがたし、又, 註文に、故左典厩婦公とあるは、姉公か、妹公かの誤な, 此文に、六條廷尉禪門, る證とすへし、さて、湛快女とあるは、立田腹の女の産るにて、行快とは、異, 〓伊勢以下十三社ニ奉幣シテ、天變、怪異、災厄ヲ〻フ、, 此文に、爲義外孫とあるを以て、行範に再嫁した, し、, 妹とあるも誤なり、右大將家姨母とあるを正として、妹女の誤寫とすべ, 建久の頃、高年にて沒したるなるべし、墓, 範に嫁して、行快、行忠、長詮等を産む、, 〔玉葉, 閏八月十五日、壬申、陰、不雨、此日十三社奉幣也、依天變怪異及, 湛快死後、鳥居法眼行, 又, 建久五年〓八月十五日, ○中略、吾妻鏡貞應元年四, 義朝の妻なる, りたるに、其頃は、田邊の湛増、長したりけれは、別當に, いふ寺あり、故に東仙寺の山號を丹鶴山と號し、, 二日ノ條ニ係ル、, ○上略、吾妻鏡元暦二年, 掲吾妻鏡閏八月十, 略、前, 二月十九日ノ條ニ係, 今、新宮の城山を鶴山と號す、其地に、舊東仙寺と, 月二十七日ノ條ニ係ル, 東鑑に, て有けるとあり、按するに、若田は富田の訛なるべし, 田腹の女房を鶴田原の義にとりれしたるにて、恐らくは誤ならす、, べき理なし、, 本尊を鶴原藥師と稱して、鶴田原の女房の持佛なりしといふ、是立, ○中, 據る、, 六十, 邊、五ケ所に分て置し、此中に何も長じたらん者別當を繼へしと遺言し〓, に、劒卷の意に據る、但し劒卷に、教眞つ子息五人をば、本宮、新宮、那智、若田、田, 申, 壬, 六ン, 六五八

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  • ○中略、吾妻鏡貞應元年四
  • 義朝の妻なる
  • りたるに、其頃は、田邊の湛増、長したりけれは、別當に
  • いふ寺あり、故に東仙寺の山號を丹鶴山と號し、
  • 二日ノ條ニ係ル、
  • ○上略、吾妻鏡元暦二年
  • 掲吾妻鏡閏八月十
  • 略、前
  • 二月十九日ノ條ニ係
  • 今、新宮の城山を鶴山と號す、其地に、舊東仙寺と
  • 月二十七日ノ條ニ係ル
  • 東鑑に
  • て有けるとあり、按するに、若田は富田の訛なるべし
  • 田腹の女房を鶴田原の義にとりれしたるにて、恐らくは誤ならす、
  • べき理なし、
  • 本尊を鶴原藥師と稱して、鶴田原の女房の持佛なりしといふ、是立
  • ○中
  • 據る、
  • 六十
  • 邊、五ケ所に分て置し、此中に何も長じたらん者別當を繼へしと遺言し〓
  • に、劒卷の意に據る、但し劒卷に、教眞つ子息五人をば、本宮、新宮、那智、若田、田
  • 六ン

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  • 六五八

注記 (44)

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