『大日本史料』 4編 5 建久6年9月~9年12月 p.392

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似タルヲ以テ、左ニ〓收ス、, 々喜悦之由被仰、其後秉燭退出、, かき公事とものひま〳〵には、御まりそ侍る、庭にひろむしろしきて侍れ, 舍人にもたせてゆすむかふ、よにのゝしるまりあしはのこらす行むかひ, 勝寺へ御まりつかはされき、御つかひは藤範清、青色たゝしふして、御鞠小, 親信卿、藤井中納言實教卿、, 神妙也、就中連々延之、以外及御感、不違日來申状之由有天氣、已我高名也、返, 侍從はつりそ候し、その外には、かひなき藏人少々そ立ましりて侍しに、三, 百六十の舟にもあかりたりしこそおもはさりつる仰も侍りしか、其日、最, 給ふ、さても〳〵、殿上人皆最勝寺のかゝりへまつりたりしまに、まさつふ, 興、先百五十員上、次三百六十被落中畢、入御之後、又座主宮仰云、今日入籌尤, たりしかは、のすのあかりたりしは理なり、數なとのある事は、世にまれな, は、御くつもすへりあしかるへきに、つゆそれにもよらせ給はすみえさせ, 〔源家長日記〕又りんしの祭、最勝講、内侍所の御神樂、五節、とりくにけた, ○最勝寺蹴鞠ノ事、家長日記ニ見エタリ、本條ノ御鞠會ト相關スルニ, 其外卿相侍臣以下同前、殊有, 是歳前參議ナリ, 已上直衣、○實教ハ, 教ハ, 入御, 最勝寺蹴, 御妙技, 我高名, 法親王又, 〓, 褒賞シ給, 建久八年二月二十五日, 三九二

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  • 是歳前參議ナリ
  • 已上直衣、○實教ハ
  • 教ハ

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  • 入御
  • 最勝寺蹴
  • 御妙技
  • 我高名
  • 法親王又
  • 褒賞シ給

  • 建久八年二月二十五日

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  • 三九二

注記 (28)

  • 1224,792,61,785似タルヲ以テ、左ニ〓收ス、
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