『大日本史料』 4編 5 建久6年9月~9年12月 p.655

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布衣始の夜は、人々皆めしよせ御, なみゐたり、, すなと笑らはせ給ふ、藏人は日ころの非しきなり、一人は橘以忠なと、いま, 御幸はしめは七條の女院へなる、日ころにこと, 院の御車かゐ御廐舍人力者かやうのしもへとも參りこみて、庭もみえす, タ袖、於今者殿中無言物也、極輕々歟、只非一身之不覺、執政之耻也、手中笏何, たをさなくて、院中訴事さしつきなりしかは、かた〳〵奉公す、日來非職に, しめさぜ給へは、とつくからかはせ給へと、さらにたまるへしともおほえ, 此事以笏打侍手奔去了、依此事侍之從者等奪取傍外前駈季佐笏并取袍ハ, さるかたに之けたかし、, かはりたる御車に、御すいしんのたゝすまひ、御車そひのたいひつの聲も、, ていたつらなるこゝちし侍しに、よろり心あはたゝしき事とも也、後白河, 信廣欲念參下馬所之間、奔融雜人之中、範光共侍引其從者足令顛倒、信廣依, 檢非違使等欲捕之間、狼藉騷動、惣見物車棧敷之間、殘害損物甚多云々、, らんす、御らんしつかぬ姿ともをかしからせ給ふ、御えほうしも、こよひは, 及被奪乎、不足言、又番長依綱以弓打落居飼烏帽子、居飼取依綱從者烏帽子、, 〔源家長日記〕, 建久九年正月二十一日, ル、翌月十四日ノ條ニ收ム, ○上略、御讓位ノ事二係ル, ○中略、二十二, ○下略、兩社御幸ノ事ニ係, 日ノ條ニ收ム, 十一日ノ條ニ收メタリ、, 御幸始, 供侍ノ鬪, 諍, 布衣始, 建久九年正月二十一日, 六五五

割注

  • ル、翌月十四日ノ條ニ收ム
  • ○上略、御讓位ノ事二係ル
  • ○中略、二十二
  • ○下略、兩社御幸ノ事ニ係
  • 日ノ條ニ收ム
  • 十一日ノ條ニ收メタリ、

頭注

  • 御幸始
  • 供侍ノ鬪
  • 布衣始

  • 建久九年正月二十一日

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  • 六五五

注記 (30)

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