『大日本史料』 4編 7 建仁元年4月~3年12月 p.979

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九月十日、於院殿下大相國九十賀事評定、頭弁書定文、, 來月廿三日云々、, れにつはても、此世のめいほくをきはめはてさせんとおほしめして、かの, 九十賀廿七八日之程云々、, 今年となりては少しのみしろきもかなは〓とて、かきたえまゐられす、そ, 廿六日、參入道殿〓申、三位雖參殿御不例無出御、酉時退出、入道殿御賀延引, 之間風情彌泥、自殿下有召午終參入、給御歌見之、愚詠又御覽、今度作者親定、, 被尋問、未見次第、内々雖申殿下、今日御院參有評定云々、, つたかめるを、こそ比まては御會のたひにつよ〳〵しけにて參られしか、, 此道にかはかりたくみなる人の、いまによに殘れる事、きしかた行末あり, 定、可候其座由、, 三位入道は、こゝのそちのよはひになんみち侍、, 入冷泉著布衣參京極殿、被撰屏風歌了, 十一月廿二日、天晴風寒、此三个日寒風殊烈、冱寒難堪、明日九十賀事、自諸方, 十五日、, 御製、殿下、大僧正、有家ヽヽヽ定家、雅經、讚岐、丹後、宮内卿、俊|、卿女、明日可撰, 〔明月記〕十七十月三日、, 〔源家長日記〕今年, 〔源家長日記〕今年〓罐、仁三位入道は、こゝのそちのよはむになんみち侍、, ○上略、石清水放生, 會ノコトニ係ル、, 略、, ○上, ○建仁, 三年、, 上皇ノ優, 評定, 又評定, 遇, 建仁三年十一月二十三日, 九七九

割注

  • ○上略、石清水放生
  • 會ノコトニ係ル、
  • 略、
  • ○上
  • ○建仁
  • 三年、

頭注

  • 上皇ノ優
  • 評定
  • 又評定

  • 建仁三年十一月二十三日

ノンブル

  • 九七九

注記 (31)

  • 1443,631,61,1576九月十日、於院殿下大相國九十賀事評定、頭弁書定文、
  • 1094,627,55,500來月廿三日云々、
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