『大日本史料』 4編 9 建永元年5月~承元2年2月 p.705

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にしへにくらく、事たがひたることをよみ出て、ものしる人にあさまれな, 御云々、, よき人にならふべし、おのれ〳〵がざえの近きかたにつきて、成とならさ, 刈童菜摘をとめもよみ書をつとむるものを、たとひさまよき歌にても、い, でゝあげつらふ、よみうたはよみうたのよきに傚ひ、まなびは又まなびの, るは、其人にあるべし、物見ねばよき歌のよまるゝといふことはえしらず、, んは、此道のために恥みるわざならんといたましきに、此法橋をしもとう, よきことにしておもひ捨るは又いかにぞや、今の世は文の道明らかに、草, 廿三日、天晴、夜前還御高陽院殿、尋聞新御堂方角禁忌事、御幸以後有沙汰還, 二十二日、, 〔附録〕, 垂乳めや止りて我を惜まゝしかはるにかふる命なりせは, 〔明月記〕三十五月廿二日、天晴陰、今日中山御方進、明後日遷御云々、, 上皇、中山堂ニ御方連御幸アラセラル、, 母の身まかりにける時よめる, 顯昭法師, 〔千載和歌集〕〓傷歌母の身まかりにける時よめる, 千載和歌集〕, 哀傷歌, 酉, 九, 丁, 顯昭ノ母, 還御, 承元元年五月二十二日, 七〇五

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  • 哀傷歌

頭注

  • 顯昭ノ母
  • 還御

  • 承元元年五月二十二日

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  • 七〇五

注記 (26)

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  • 273,658,56,216御云々、
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