『大日本史料』 4編 11 建暦元年1月~2年11月 p.472

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増氣し給へり、すべてこの三四年より此かたは、耳目矇昧にして色を見聲, みなこれ予か遺跡なるへしとそおほせられける、, て、睡眠の時にも舌口とこしなへにうごく、同三日ある弟子今度の御往生, は決定歟とたづね申に、われもと極樂にありし身なれは、さだめてかへり, にいま精舍一宇も建立なし、御入滅の後いづくをもてか御遺跡とすべき, ゆくべしとの給ふ、又法蓮房申さく、古來の先徳みなその遺跡あり、しかる, 諸州に遍滿すべし、ゆへいかんとなれは、念佛の興行は愚老一期の勸化な, 所なり、, をきゝ給事ともに分明ならず、しかるを、いま大漸の期ちかづきて、二根明, 後は更に餘言をましへず、ひとへに往生の事を談し、高聲の念佛たえずし, 利なる事むかしにたかはす、見る人隨喜し、不思議のおもひをなす、二日以, やと、上人答給はく、あとを一廟にしむれは、遺法あまねからす、予か遺跡は, り、されは念佛を修せんところは、貴賤を論せす、海人漁人がとまやまても、, かく示してさり給ひにけり、勢至菩薩の化身といふ事、これより符合する, 建暦二年正月二日より、上人日來不食の所勞, 〔法然上人行状畫圖〕七, 〔法然上人行状畫圖〕七十建暦二年正月二日より、上人日來不食の所勞, 三十, モ建立ナ, 佛, 精舍一宇, 高聲ノ念, 遺跡, スル所皆, 罹ル, 念佛ヲ修, 不食病ニ, シ, 建暦二年正月二十五日, 四七二

割注

  • 三十

頭注

  • モ建立ナ
  • 精舍一宇
  • 高聲ノ念
  • 遺跡
  • スル所皆
  • 罹ル
  • 念佛ヲ修
  • 不食病ニ

  • 建暦二年正月二十五日

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  • 四七二

注記 (30)

  • 1485,652,61,2224増氣し給へり、すべてこの三四年より此かたは、耳目矇昧にして色を見聲
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