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船入集る大間, 房局以上八人供奉し給ふとそ、其中、花山の少將は勞はること有とて、路よ, リトテ、北山ト稱スル岳山アリ、里俗ニ御天皇山ト號シ尊ヒ侍ル、, 爲家卿、花山院少將殿、北面には甲斐のう兵衞佐教經、藤左衞門大夫安元、女, に屬せしにや、凡寺泊驛の惣號を越の浦と云なれとも、わきて今諸國の客, 風濤御船ヲ吹歸シ、此當ニ著御有テ、鳥屋野里ニ皇居ナラセ給ヘシ御址ナ, 年、順徳帝、佐渡國ヘ遷御ナラセ給ヒシ時、寺泊浦ヨリ渡御有シニ、海上ニテ, 佐州渡海も、多くは此地よ, 〔眞野山皇陵記〕, 所有ヲ不知、然ルニ蒲原郡金津庄ノ中ニ、鳥屋野ト云ル里有、云傳ニ、承久三, はし鷹の鳥屋野のあさりふみわけてをのれも歸る秋の狩人, 鳥屋野何レノ書ヲ尋見テモ、未勘ノ部ニ入テ、歌枕ノ, 〓のさし出たる所を、越の浦と申傳へける, り上られけれは、新院いとゝ御心細う思しけん、かくて山を越させ水を渡, 順徳天皇、此國へ御幸なし奉る時、公卿には冷泉中將, の並に、小間か御崎と稱し、少し, り出船す、, 新續古今集秋ノ下, 越後名寄〕名所鳥屋野何レノ書ヲ尋見テモ、未勘ノ部ニ入テ、歌枕ノ, 〔越後名寄〕, 新續古今集秋ノ下順徳帝, 順徳帝, 順徳院佐州渡御の砌は、王間, と書しを、後世大の字を用ふ, ○中, ○上, 略, 略, 名所, あさちイ, 所, 秋ノ下, 御駐輦ノ, 鳥屋野, 遺址, 承久三年七月二十日, 一一〇
割注
- 順徳院佐州渡御の砌は、王間
- と書しを、後世大の字を用ふ
- ○中
- ○上
- 略
- 名所
- あさちイ
- 所
- 秋ノ下
頭注
- 御駐輦ノ
- 鳥屋野
- 遺址
柱
- 承久三年七月二十日
ノンブル
- 一一〇
注記 (37)
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