『大日本史料』 5編 1 承久3年7月~貞応2年5月 p.942

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た一張にて候けれとも、すこしもふそくにも聞えさりけり、比巴よりもな, させ給けり、持明院の宮と申は、後高倉法皇の御事なり、このおとゝの御弟, 子にて、いみしく傳させ給けり、内大臣殿御かくれの後は、孝道をめして、こ, にてわたらせ給、ひたすら道を賞しおほしめして、孝道かことも男女三人, 後高倉法皇は、持明院殿の御堂の御所にて、正五九月にかならす御講あり、, まかにきこしめされけり、此君高倉院の第三の御子、後鳥羽院には、御あに, なからめしをはせ給、一女わらは名ゑんてうといふ、さぬきのつもねこれ, 御まこ、按察大納言公通の御子とそ承し、禪閤もむねとはたのみまいらせ, さなくよりならひまいらせ、口傳をは父の孝道おしへけり、, 宗とこそ申めれ、これはさ衞もんの督通季とて、わかくてうせさせ給にし, 也、箏にとりては、古今ならひなき達者也、手をは妙音院の御室、尼御前にお, いまにこの事たえす、昔は比巴八面なとある時も侍けり、讃岐の局は箏た, 〔柳原家記録, をあさやかに聞けりとそ、人々隆圓には語侍し、昔の御事なれは、つたへ承, 及之間殊爲悦、殊勝御筆也、此外一獻分撫代、獻之、神妙也、, 一妙音院の御嫡弟は、大宮のうちのおとゝ實, 文机談三末, ○中, 百七, 略, 撫代、, 師長孝道, ヨリ琵琶, 御講ヲ催, ヲ學ビ給, シ給フ, 貞應二年五月十四日, 九四二

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  • 文机談三末
  • ○中
  • 百七
  • 撫代、

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  • 師長孝道
  • ヨリ琵琶
  • 御講ヲ催
  • ヲ學ビ給
  • シ給フ

  • 貞應二年五月十四日

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  • 九四二

注記 (28)

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