『大日本史料』 5編 2 貞応2年6月~嘉禄元年12月 p.176

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の樂、今聞に似たり、, を飛て、有縁を此山に導、宇渡濱の品天面を地に得て、舞樂を此濱にまなへ, きり、數百箇歳の星漢霜ふりたり、僧俗山住のみね、三百餘宇の禪房霞ゆた, かなり、雲船の石神山腰に護て惡障をふせき、大形の木容は、寺内に納て善, なひ舞けり、又人のみるをみて、鳥のことくに飛て雲に隱にけり、其跡をみ, り、昔稻河大夫といふ人、天人の濱松の下に樂をしらへて、舞けるをみてま, れは一の面形を落せり、大夫これを取て寺の寶物とす、よつて其寺に舞樂, 業をなす、千手觀音かの山より石舟に乘て、此地にくたり給ひけり、其舟善, は、觀世音と申、補随落山の聖容、出現の月あきらかなり、大形佛法興隆のみ, 神となりて、山路の大坂に石舟護法と號す、彼海岸山の千眼は、南方より北, て、寺中の大營なり、其後天人歸り、廻雪は春の花の色みねにとゝまり、曲風, をしらへて、法會を始行す、其大夫か子孫舞人氏とす、二月十二日、常樂會と, 袖ふりし天津をとめか羽衣のおも影にたつあとの白波, 江尻の浦をすくれは、青苔石におひ、黒布磯にはる、南は澳の海〓々と波を, は歳月のこしはよつて此濱をすくれは、松に雅琴有て浪につゝみ有天人, 由緒, 常樂會ノ, 補〓洛山, 貞應二年雜載, 一七六, 江尻

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  • 由緒
  • 常樂會ノ
  • 補〓洛山

  • 貞應二年雜載

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  • 一七六
  • 江尻

注記 (21)

  • 390,633,61,570の樂、今聞に似たり、
  • 1221,620,74,2217を飛て、有縁を此山に導、宇渡濱の品天面を地に得て、舞樂を此濱にまなへ
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