『大日本史料』 5編 7 寛喜3年10月~貞永元年6月 p.458

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

つふよりも肥滿してみえけわ、毎日ゆをあみて、讀經念佛しけり、諸人あや, らひ、六相圓融の月、觀念の窓にほあらかなりしかは、國家の福田として衆, 惠人に勝壹るゆへと、御房を信し壹てまつる人をは、みな我守護するなり、, しみて、いらなる事にりと問は、こたぬるやう、われなに〓をも思はす、壹ゝ, たまぬ樣、われは是春日大明神なり、御房の唐へ御わたりの事きわめてな, 時あたらしきむしろを障子のらもゐ乃上にうちりけて、其に乃ほりての, 時々は南都の住所へもき壹らさたまぬへしと仰らるれは、上人、りたしけ, なくこの仰をらふり侍れは、渡海をとゝむへしと申さる、にの時らもゐら, 家のうちのもの、不食のやまひりなとうたらふ程に、顏色すへてきりはす、, けらしく侍れは、こ乃事を制したてまつらとかために參とるなり、御房智, 三寶の境界乃み心にいわて、世法心にそますといひけわ、かくて廿六日午, ふ所におはしけるに、壹ちまちに渡海乃願ありし程ニ、橘氏女といふもの、, 生の依怙壹りき、そのかみ高尾〓籠の事侍しりは、しはし紀伊國白上とい, 建仁二年正月十九日より八ケ日のあひた、水漿を壹ちて食事におよはす、, 〔春日權現驗記〕十七梅尾の明惠上人は、十玄縁起乃風煩惱のち刺をは, 依〓, 田衆生ノ, 國家ノ福, 渡海ノ願, 貞永元年正月十九日, 四五八

頭注

  • 依〓
  • 田衆生ノ
  • 國家ノ福
  • 渡海ノ願

  • 貞永元年正月十九日

ノンブル

  • 四五八

注記 (21)

  • 1105,654,63,2205つふよりも肥滿してみえけわ、毎日ゆをあみて、讀經念佛しけり、諸人あや
  • 1684,642,63,2211らひ、六相圓融の月、觀念の窓にほあらかなりしかは、國家の福田として衆
  • 406,639,64,2231惠人に勝壹るゆへと、御房を信し壹てまつる人をは、みな我守護するなり、
  • 987,648,62,2201しみて、いらなる事にりと問は、こたぬるやう、われなに〓をも思はす、壹ゝ
  • 638,650,63,2205たまぬ樣、われは是春日大明神なり、御房の唐へ御わたりの事きわめてな
  • 756,647,61,2203時あたらしきむしろを障子のらもゐ乃上にうちりけて、其に乃ほりての
  • 290,645,63,2210時々は南都の住所へもき壹らさたまぬへしと仰らるれは、上人、りたしけ
  • 173,650,67,2201なくこの仰をらふり侍れは、渡海をとゝむへしと申さる、にの時らもゐら
  • 1221,642,64,2230家のうちのもの、不食のやまひりなとうたらふ程に、顏色すへてきりはす、
  • 522,645,65,2211けらしく侍れは、こ乃事を制したてまつらとかために參とるなり、御房智
  • 871,645,67,2211三寶の境界乃み心にいわて、世法心にそますといひけわ、かくて廿六日午
  • 1453,653,63,2216ふ所におはしけるに、壹ちまちに渡海乃願ありし程ニ、橘氏女といふもの、
  • 1569,641,62,2209生の依怙壹りき、そのかみ高尾〓籠の事侍しりは、しはし紀伊國白上とい
  • 1337,642,63,2226建仁二年正月十九日より八ケ日のあひた、水漿を壹ちて食事におよはす、
  • 1785,594,87,2258〔春日權現驗記〕十七梅尾の明惠上人は、十玄縁起乃風煩惱のち刺をは
  • 1625,287,42,82依〓
  • 1668,289,41,163田衆生ノ
  • 1712,288,43,170國家ノ福
  • 1462,288,44,172渡海ノ願
  • 1918,725,43,389貞永元年正月十九日
  • 1920,2396,47,125四五八

類似アイテム