『大日本史料』 5編 9 天福元年5月~嘉禎元年4月 p.50

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されける、, 人よりも皮いちもちにみゆるかなこのいけはきにせられさりつる, 沙汰も、〓にはえある御事にて侍ける、王胤には、冷泉宮, るか、それこそ又うるはしく、牛の髓腦をはしらせ給ひて、あるへき式まて、, りけに聞えけれは、さためてはかれ給ひなんと、世にいひけるに、其儀なか, から、いとも出仕なともせて、籠りておはしける比、公家に大納言の御用あ, りけれは、あかためし除目のあした、普賢寺入道殿、かの卿かもとへつかは, 御好ありて、一卷の文を撰ひ給、これ小島宮牛文とて、世にとゝまり侍、執柄, 家には、普賢寺禪定殿下、なにことにもくらからぬ御事にておはしましけ, 此大納言は、やせほそりたる人にておはしけれは、かく返しまいらせられ, いけはきにせられさらんもことはりや骨と皮とのひつきさまには, 御返し, 〔古今著聞集〕, 粟田口大納言、忠良、ふるき大納言にておはしな, ことに, けるとそ、, 其後は、後鳥羽院御代、諸道を御興行ありしかは、牛馬の御, 〔駿牛繪詞〕〓上其後は、後鳥羽院御代、諸道を御興行ありしかは、牛馬の御, 〔駿牛繪詞〕, 島宮と申、, 頼仁親王、小, 興言利口, 十六, ○上, 略, 牛ノ事ヲ, 記ス, 和歌, 天福元年五月二十九日, 五〇

割注

  • 島宮と申、
  • 頼仁親王、小
  • 興言利口
  • 十六
  • ○上

頭注

  • 牛ノ事ヲ
  • 記ス
  • 和歌

  • 天福元年五月二十九日

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  • 五〇

注記 (30)

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