『大日本史料』 5編 11 嘉禎2年12月~暦仁元年9月 p.765

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十四日佛子崇仁とあり、此外書付多し、筒中には、佛經文を書て籠たる物の, り、其竿石内は穿たる物にて、長六寸、徑二寸銅筒あり、其筒に、正和五年初冬, 由なり、是佛者法事の爲に建立したる物ならむ、奉書寫如法如説一字三禮, 建立の棟札あり、方三間堂なり、堂前に石塔あり、其内一は高八尺五重塔な, 正和第五初冬餘月十四日、金剛佛子俊祐敬白とあり、, 妙蓮花經一部、右志者、爲雙親現世安穩、後生善處乃至法界衆生平等利盆也、, 淨土宗鎭西派の祖、聖, 又云、香月村吉祥寺は, 〓〓彌陀〓座豫あり、高三尺二寸、昔は寺領も有し由にて、寺前に, 【彌陀免と云田ノ字あり、聖光上人は、嘉禎四年七十九歳にて寂せり、, 〓上人誕註ノ〓也、聖光上人は、香月氏ノ家臣古川何某、後に順乘と云し者の子, 日月七郎大夫則興再興せり、則聖光上人の木像あり、又聖光、其母の爲〓作, 〓り、名を辨長と云、始は天台宗なりしが、京都に入て法然坊の弟子ど成て, 〓ノ善障寺〓開〓、吉祥寺も、香月氏衰へし時頽破しけるを、文明十五年。, 誕生地, 暦仁元年閏二月二十九日, 七六五

割注

  • 淨土宗鎭西派の祖、聖
  • 又云、香月村吉祥寺は
  • 〓〓彌陀〓座豫あり、高三尺二寸、昔は寺領も有し由にて、寺前に
  • 【彌陀免と云田ノ字あり、聖光上人は、嘉禎四年七十九歳にて寂せり、
  • 〓上人誕註ノ〓也、聖光上人は、香月氏ノ家臣古川何某、後に順乘と云し者の子
  • 日月七郎大夫則興再興せり、則聖光上人の木像あり、又聖光、其母の爲〓作
  • 〓り、名を辨長と云、始は天台宗なりしが、京都に入て法然坊の弟子ど成て
  • 〓ノ善障寺〓開〓、吉祥寺も、香月氏衰へし時頽破しけるを、文明十五年。

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  • 誕生地

  • 暦仁元年閏二月二十九日

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  • 七六五

注記 (17)

  • 1571,594,80,2174十四日佛子崇仁とあり、此外書付多し、筒中には、佛經文を書て籠たる物の
  • 1686,594,81,2184り、其竿石内は穿たる物にて、長六寸、徑二寸銅筒あり、其筒に、正和五年初冬
  • 1456,598,78,2178由なり、是佛者法事の爲に建立したる物ならむ、奉書寫如法如説一字三禮
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