『大日本史料』 12編 34 元和六年七月~同年閏十二月 p.413

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はれんと志し、其道を學びけれども、終に其心覺えもなかりしに、只今大人, 稍怒りを生じて曰、貴僧はもはや聖人なる歟、聖人臭きことを言はるゝと, る川を引き、其間五町餘、石を碎き地を鑿り、川を村中に通ず、於是〓村大に, 其金を携へて本邑に歸り、以て邑人の貧困に施しける、其本邑安房村の地, 議ありければ、法華宗の徒、府下に法華宗の大刹なし、故に翁を開山とし、寺, 喜ぶ、是を用水川と稱じ、土人今に至て其利に頼る、初め本府の人、翁の金を, ありしかば、翁頭を擧け色を正くして曰、拙僧少きより、一度は聖人ともい, て本望なりと對へしに、久通、默然とし言なかりしとぞ、時に本佛寺後住の, 唯衣食あれば、外に望みなし、今國中を見るに、古來忠勞ありし士人の子孫、, 携へ歸りしを聞て、誹謗して以爲く、如竹の欲猶存すと、翁の歸りて民を利, 貧窮の家少からず、彼に賜ること然るべしとて、餘り固辭するを以て、久通, たる、汲水遠くして、土人悉く苦しむ、又其金を費し、明星峯といふ山より出, の鑒定にて、聖人の〓みありとす、苟も聖人の香ほりにてもあれば、身に於, を建置べしと請ふ者ありけれども、翁以爲く、郭内に大刹ある〓無盆なり、, 祿三百石あれば、巨室の一士立べしとて從はず、遂に寺を廢し、院房を賣り、, 救ス, 邑人ヲ賑, 寺ヲ廢ス, 元和六年九月三十日, 四一三

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  • 救ス
  • 邑人ヲ賑
  • 寺ヲ廢ス

  • 元和六年九月三十日

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  • 四一三

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