『大日本史料』 8編 3 文明元年10月~同2年12月 p.865

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ほえ侍り、御さうなうには明徳の例とて、准后くぬあるへきにて、公卿以下, 月三日ひてん院にてあるへよなときこゆ, のこる人も侍らし、竹園供奉のことふるき壹めしはけこ侍らめ、ちかこ, あは例もまれなる事なから、とりりきてたかうまつらまほしき心さし侍, 御行す〓もはるかなる御事のおもひあへす雲かくれ壹まへは、君も臣も, たれより伊勢にくたり、すゝか川乃ほとりちかき山けとにすみわたりた, へ御輿にてしのひて出し童てま〓る、陣中の事に侍れは、なにのいろふし, 〓めなからうつりすませたまへは、かた〳〵壹よりも侍るや、此童ひのみ, にもおよはす、いつしかかはる御事ともそあはれにみえし、御さう禮は正, は聖壽寺にてをこなはるべきにこそ、院の姫宮安禪寺殿るのてらにかり, 々につりするあ万の小船もみえ侍らぬ御代にて、くとくの道もならぬか, たかくおはしましゝそつし、そ〓さへかきりあるわかれのみちは、いかて, 壹ゝあきれまとへるは子りなり、廿七日の曉、程ちかき聖壽寺といふ禪家, 御中陰, まひしに、かしこくかゝる御世にのほりあひ壹まへる孝行のいたりとお, をろかに侍らんや、まして此御事き五十あまり二と勢乃御とはひ、いまた, 御葬送ノコトハ、明年正, 月三日二、ソノ條アリ, ヨリ入京, 聖壽寺二, 遷シ奉ル, シ悲田院, 皇女伊勢, 二入ラセ, 御遺骸ヲ, ラル, 文明二年十二月二十七日, 八六五

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  • 御葬送ノコトハ、明年正
  • 月三日二、ソノ條アリ

頭注

  • ヨリ入京
  • 聖壽寺二
  • 遷シ奉ル
  • シ悲田院
  • 皇女伊勢
  • 二入ラセ
  • 御遺骸ヲ
  • ラル

  • 文明二年十二月二十七日

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  • 八六五

注記 (28)

  • 498,656,65,2221ほえ侍り、御さうなうには明徳の例とて、准后くぬあるへきにて、公卿以下
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