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りて、朽敗隨手而碎といふはかり、佛像のもろく朽損たるき文明ころの物, らす、御堂の内にありしに依めるものななへし、故今き元祿の御定に從ふ、, 十三重塔順徳天皇陵と同域, 京都府愛宕郡大原村大字大原字勝林院小字上北手, としてき相合はす、猶いと古代の物なるへきを、祐之かいはゆる非延應仁, 樣の、甚く舊びさ〓ことも、蓮華峯寺の御塔のことく、年久しく雨露にあた, 治之時・物といへるき、なか〳〵に非なるへくそ思はなゝ、又此御石塔の体, 〔陵墓要覽〕八二後鳥羽天皇大原陵, 已二三十年云々、後悲其日就陵夷、雇諸公卿脚夫修築之、其三重有盖、々下方, 固、基址成如舊收之、不開金塔、盖藏骨耶と見えて、かく蜜緻なる石塔中にあ, 朽敗隨手而碎、彷彿如意輪觀音像、乃命漆工、置漆桶内、數日出而乾之、初得堅, 石也、其石陷窪者出一金塔、側有撤金小函、内納一小石青白者二枚、又側有物、, 崎祐之の説に、近聞、北面河端某語曰、五十年前大震此塔崩壞、散在無修之者, 大原陵之圖, 京都府愛宕郡大原村大字大原, 面積四千七百平方米七一○諸陵寮所藏, 〓積四・千七百平方米七一, 諸公卿脚, 夫ヲ雇ヒ, 震災ニ依, リ御塔崩, 〓, 十三重塔, テ修復ス, 仁治二年二月八日, 四六五
割注
- 京都府愛宕郡大原村大字大原
- 面積四千七百平方米七一○諸陵寮所藏
- 〓積四・千七百平方米七一
頭注
- 諸公卿脚
- 夫ヲ雇ヒ
- 震災ニ依
- リ御塔崩
- 〓
- 十三重塔
- テ修復ス
柱
- 仁治二年二月八日
ノンブル
- 四六五
注記 (26)
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